あなたの街でポツンと咲いてる「野良桜」コロナ禍だからこそ楽しもう
写真家の小野寺宏友さんは、桜の名所ではない場所にポツンと咲いている桜を「野良桜」と名づけ、その写真を撮り続けています。
「いつもの通り道で静かに佇む一本の桜に気づいたとき、『野良桜』という概念が降ってきました」
これまでは桜のシーズンになると、たくさんの人々が桜の名所に花見に出かけて、酒盛りなどをしていました。
「でも、あなたの街に良い桜があるじゃないか、と」
小野寺さんはそう考えて、2013年から野良桜の写真を撮り始めました。さらに、「日本野良桜学会」という学会を一人で作り、野良桜を自分で分類して学名をつけています。
たとえば、「スキマハミダシイエザクラ」。これは、住宅の敷地の「隙間」に生えていて、外に「はみ出す」ようにして枝を伸ばしている「家」の桜のこと。東京のように、庭が狭い住宅街でよく目にするそうです。
野良桜を分類して「学名」をつける
野良桜の「学名」には、なにかルールがあるのでしょうか。
「生き物の名前って、やたら長くて読みづらいものが多いですよね。『オガサワラチビヒョウタンヒゲナガゾウムシ』だとか。でも、単語ごとに区切って読んでみると、小笠原に生息する、チビで、ひょうたん型で、ヒゲが長いゾウムシと、見たまんまを伝えているものが多いんです」
小野寺さんが野良桜に学名をつけるときも、基本的なルールがあります。
まず、桜が生えている場所の地名や土地の形状から始まり、次に、大きさや斜めに育っているなどといった野良桜の形状が続きます。
「大きければ『オオザクラ』、花がたくさんついているとモフッとしているので、『モフザクラ』です」
野良桜の場合、枝の伸び方が自由奔放で、庭や塀からはみ出して斜めに育っているものも少なくありません。そんな桜を、小野寺さんは『ナナメソダチ』と呼んでいます。
「そういう見たまんまの言葉を繋げていくと、『ツキジオオモフナナメソダチ』とか、生き物の名前っぽくなるじゃないですか」
こうして名付けた野良桜の学名は、いくつかのカテゴリーに分類することができます。
たとえば、一般的な住宅に生えていれば「イエザクラ系」、鉄道沿いにある桜は鉄路をにぎやかしているので「テツロニギヤカシ系」、水路沿いに生えていれば「スイロニギヤカシ系」だといいます。
寺社仏閣の敷地に生えていれば「ケッカイザクラ系」です。
植木鉢やバケツに植えられている桜は、その場に仮に置かれているだけと言えるので「カリオキ系」です。
公園に咲いている桜は「コウエンザクラ系」です。小さい児童公園には、その公園の大きさに似つかわしくないソメイヨシノが植えられていることが多く、比較的見つけやすいのだそう。
新しいマンションや駐車場なのに、敷地内に立派な桜が生えていることがあります。そんなとき、小野寺さんは「もともとお屋敷だったのではないか」と想像し、「モトヤシキ系」と分類します。
「野良桜」とはいうものの、もとをたどれば、誰かそこに植えた人がいるはずです。「なぜこんなところに桜を植えたんだろう?」という疑問を胸に、その桜の歴史を想像しながら街を歩いています。
「よくもこんなところで立派に咲いてるなぁ」という感慨と同時に、意外な場所でひっそりと咲いている様子を見て、自分自身とのシンパシーを感じるのだそうです。
小野寺さんが撮影した野良桜はこれまで、アサヒカメラや東京新聞やラジオなど様々なメディアで紹介されました。
それによって、一般の人たちの「野良桜見つけた!」というSNS投稿が増えたそうです。
小野寺さんは、桜の季節になるとツイッターやインスタグラムで「野良桜」と検索し、様々な桜の写真を見つけると、
「野良桜投稿いただきありがとうございます。それは◯◯ザクラです」
と、桜に勝手に命名してコメントするという遊びをしているといいます。
「野良桜という存在を多くの方が見つけて、楽しんでくれたらいいなって思います。野良桜がどういう生態系で存在しているかというのが、学名の判断基準です。なので、桜の花だけではなく周囲の様子も入るように、全体がわかる『引きの写真』を撮って載せてもらえるといいですね」
ときには、投稿者とのやり取りのなかで、新たな野良桜の分類が生まれることもあるのだとか。
昨年、「桜が台風で倒れたけど、根っこが生きていたのでそのまま真横に生えてまた上に向けて花が咲いた」という投稿をした人がいました。この倒れたまま花を咲かせた桜は「ナカジマミユキ系」と命名されました。
「中島みゆきの『わかれうた』という歌の中に、『途(みち)に倒れて誰かの名を呼び続けたことがありますか』という歌詞が出てくるんですが、そのイメージと重なりました」
なかには、野良桜の写真をアップするだけでなく、「これは◯◯系かな」と推測する言葉を投稿する人や自分で学名をつける人もいます。
「みんなが自由に考えて新しいものができたら、それはそれで楽しいと思いますね」
野良桜を見にいこう
小野寺さん自身は、野良桜を撮影する場所を東京23区内と決めています。そして、桜の存在が浮き立って見える夜中に写真を撮るようにしています。
「桜のポートレートとして、建築撮影用のレンズを使い、水平垂直をしっかりとって撮影します。いわゆる『エモい』写真ではなく、感情を排除して、野良桜のサンプリングとして学会の報告会に出せるような写真を撮ろうと思っています。そんな報告会はないんですけど」
そんな小野寺さんは「今後、日本からソメイヨシノがどんどん減っていくのではないか」と危惧しています。
「戦争で日本のどこもかしこも焼け野原になったとき、気分だけでも明るくしようとしたのか、ソメイヨシノがたくさん植えられたんです。 戦後から70年以上経ちますが、ソメイヨシノは寿命が50年ほどといわれているので、衰えが心配です」
桜の名所の中には、手入れが大変な高齢のソメイヨシノを伐採して、大きくならない別の品種の桜に植え替えた場所もあります。
「このようなことは、日本各地で起こることだと思います。 今のうちに、ソメイヨシノの美しさを楽しんだほうがいいかもしれないですよ」
今年は昨年に続き、コロナ禍のため、桜の名所で大勢で花見をするのは難しい状況です。そんなときこそ、野良桜に注目してほしい、と小野寺さんは話しています。
「外出自粛やリモートワークで家に引きこもりがちになってしまいますけど、そういうときだからこそ、自宅から歩いていける距離にある野良桜を楽しむのはいかがでしょうか」