「生きているだけでありがたい」 ひとりで活動する「スゴ腕ギタリスト」が見つけた答え

東京・下北沢にあるライブバー「ラ・カーニャ」で、その人はひとり歌っていました。ギブソン製のアコースティックギターを抱え、素朴な味わいの歌声を響かせます。そこに流れる時間は、まるで外界から切り離されたかのように、穏やかで緩やかです。

安宅浩司(あたか・こうじ)さん、45歳。ギター、ペダルスティール、ドブロ、バンジョー、マンドリンなど、数多くの弦楽器を弾きこなすミュージシャンです。特定のバンドやグループなどに所属せず、フリーランスのギタリストとしてひとりで活動している安宅さん。2007年には1stソロアルバム「それでいいんじゃないかと」をリリースし、シンガーソングライターとしての顔も持つようになりました。

高度な演奏技術を持ちながら、テクニックに溺れることなく歌に寄り添うギターの音色は、どのように育まれたのでしょうか。取材を申し込んだところ、安宅さんは「インタビューは苦手なんだけど」と苦笑しつつも、じっくりと、丁寧に話してくれました。

プロミュージシャンとしての第一歩

ーープロの現場に出入りするようになったのは、いつごろからなんでしょうか。

安宅:結構遅かったんです。30歳手前くらいだったかな。演奏でお金をもらった初めての仕事は、中村まりさんのレコーディングでした。

ーーそれはどのような経緯で?

安宅:当時、吉祥寺の「Star Pine’s Cafe」というライブハウスでよくライブをやっていて、そこでまりさんと出会ったんです。たまたま同じ日に出演することになって。彼女のリハを見て、「こんな人いるんだ!」って、びっくりしちゃって。

ーー衝撃を受けたんですね。

安宅:僕はすごい人見知りなんですけど、ちょうどその頃パソコンを使い始めていたので、勇気を振り絞って「機会があったら何か一緒にやりたいと思ってます」とメールを送ったんです。すぐには実現しなかったのですが、1年後くらいに彼女から「今度レコーディングをするので、ちょっと弾いてもらえませんか」っていうメールが来て。

ーー1年かけて、ようやく思いが通じたんですね。

安宅:でも、実は彼女も単に人見知りだっただけ、ということがのちに判明するんですけど(笑)。

歌をうたう理由

ーーその後、ギタリストとして活躍の場を広げていき、ご自分でも歌を作って歌うようになります。ひとりでギターを弾いて歌う「弾き語り」というスタイルの主役は、あくまで“歌”ですよね。

安宅:そうですね。

ーー弾き語りの場合、ギターは簡単なコードをジャカジャカ鳴らすだけでも、誰も文句を言わない。でも安宅さんは、歌がなくても成立するんじゃないかというレベルで、複雑なギターをしっかり弾いています。

安宅:たぶん弾きすぎなんだと思う(笑)。単に、好きになったギターのスタイルがそうだったから、そうしているというだけなんですけどね。

ーー乱暴な言い方をすれば、歌さえちゃんと歌っていれば、ギターって手を抜いてもバレないですよね?

安宅:これは「なぜ歌を歌うのか」みたいな話になるんですけど、僕は自分の声や歌があまり好きじゃないんです。でも、それもひっくるめて自分なんだ、と。そういう部分も認めてあげて、自分の“全部”を出すべきだと思ってやっています。

純粋に楽器が好き

ーーギター奏者としては、いかに人から呼んでもらえるかが勝負みたいなところもあると思います。呼ばれるようになるための秘訣などはありますか。

安宅:僕なんかより、呼ばれる人はもっと呼ばれてますからね……。結局は人柄なんじゃないですか。押しが強い人とか(笑)。あと、僕の場合はいろんな楽器が好きなんで、ペダルスティールとかマンドリンのような、特殊な楽器を必要とされることもあります。

ーーちなみに、ギター以外の楽器を弾き始めた理由は?

安宅:例えばマンドリンに関しては、ロッド・スチュワートが好きだったからですね。初期のロッドって、結構アコースティックな曲が多いんです。マンドリンもたくさん使われてて。

ーー有名な曲では、「Maggie May」とか。

安宅:そうそう、その「Maggie May」を弾いてみたくて。「この楽器、なんだろう?」「マンドリンっていうのか」って興味を持って、大学1年生のときに買って弾き始めました。

ーーじゃあ、本当に好きでやっているだけなんですね。仕事の幅を広げるためとかではなく。

安宅:うん、初めはまったく違いましたね。結果的にはそうなったかもしれないけど。

演奏は会話と同じ

ーー誰かのバックで演奏する場合、弾き語りとの違いはありますか。

安宅:あんまり弾いちゃいけない。

ーーあははは。

安宅:演奏の仕方って、その人の話し方と同じだと思うんです。何人かで会話をしているときに「俺が俺が」って自分の話題で切り込んでくる人は、ステージでもそういう演奏をするんですよ。それがいいとか悪いとかではなくて。

ーー演奏にも個性が出ますよね。

安宅:僕は、どちらかというと聞き手なんです。話している人がいるなら、「その人の話を聞かないと」って。なるべく邪魔をしないように。

ーーイメージとしては、中心で話している人がより引き立つように、うまく相槌を打ったりするような?

安宅:そういう感じですね。

「生きているだけでありがたい」

ーー今後、どのように活動していきたいですか。

安宅:もっと“呼ばれる人”になりたいですね。ちょっと話はそれるんですけど、実は3年前に妻が脳の病気で倒れたんです。手術をしてどうにか生還して、今は日常生活にもさほど支障はないんですが。

ーーそれは大変でしたね……。

安宅:僕にとっては、これ以上ないくらいの衝撃だったんです。映画やドラマの世界に放り込まれたような感覚で、「こんなことが現実に起こり得るんだ」って。それから、まあ月並みですけど「生きてることって、素晴らしいことなんだな」って感じたんですよ。生きてるだけで十分ありがたい。それでもう大抵のことはOKなんじゃないかなって。

ーー「それでいいんじゃないかと」。

安宅:そうそう(笑)。そういうこともあって、誰かが僕の演奏を必要として呼んでくれるっていうことが、本当にありがたいなって。今まで以上にそう感じるようになりましたね。求めてもらえるのであれば、それに全力で応えたいです。

* * *

取材当日、こんなことがありました。写真撮影のために都内の公園で安宅さんにギターを弾いてもらっていたところ、近くで遊んでいた4歳くらいの女の子が「じょうずだね」と近寄ってきたのです。安宅さんはその子に微笑みかけ、しばし一緒に歌ったり、ギターを触らせてあげたりしたのでした。

安宅さんが多くのアーティストたちから信頼され、愛されている理由のひとつを垣間見たような気がします。とても心温まるハプニングでした。

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