なぜ書店のカウンターで知恵の輪型の「立体パズル」が売られているのか?

書店で本やマンガを買うとき、なぜかレジカウンターの横で、知恵の輪のような「立体パズル」が売られているのを見かけることがあります。パッケージには洗練されたデザインのパズルが描かれていて目を引きますが、筆者の頭には「なぜこんなところで売っているの?」「実際、誰が買っているの?」という疑問が浮かんでしまいます。

そこで、書店で見かける立体パズルシリーズ『はずる』を開発・販売する株式会社ハナヤマを訪ねてみました。ハナヤマは、愛好家から「ザ・パズルカンパニー」と呼ばれる立体パズルの老舗。看板商品の『はずる』は全部で60種類あり、どれも1280円(税抜)で販売されています。

話を聞いたのは、立体パズルの開発者・坂本忠之さん(52)。筆者が事前に購入した立体パズルの一つを見せながら、開発の秘話や製品化の苦労について聞きました。

世界で年間100万個、売れている

――これ、実際に買ってみて、バラバラにするところまでできたんですけど、もとに戻すことができなくなりました。

坂本:人間って、無意識のうちに少しでも楽をしようとするんですよ。楽をしようと思っていなくても、楽をしようとしてしまうんです。その状態だと、もとに戻せないですね。近道をしようとして、知らず知らずのうちに遠回りをしているんです。

筆者が買った『はずる』のひとつ「キャストシリンダー」。いまだ、もとのかたちに戻せていない

――私の人生のことを言われているみたいで、つらいですね……。このパズル、なんで本屋さんで売られているんですか?

坂本:ターゲットというか、実際に購買していただいているのは、おもに30〜40代の男性なんです。そういう方たちがよく行く場所に置いてもらうと、親和性がいい。それに本屋さんには、知的好奇心の旺盛な方が多いであろうという読みもあります。

――実際、売れているんですか?

坂本:ざっくりした数字でいうと、2017年は日本国内で30数万個、世界で100万個くらい売れました。海外のほうが多くて、市場の大きいアメリカのほか、ヨーロッパの北のほう、ロシアとかフィンランドとかオランダなんかで売れています。

――売れ行きは景気に左右されるものなんでしょうか?

坂本:脳トレ」ブームのとき、こうしたパズルが見直されて売れたというのはありますが、景気はあまり関係ないですね。むしろ、弊社で扱っているビンゴのマシンやカードなんかはもろに景気が反映されます。企業さんがパーティーをするかしないかで変わってくるんです。

――IT企業の人たちとか、すぐビンゴやりますもんね。

坂本:ビンゴの売れ行きで、景気がよくなる兆しを感じたりもします(笑)

パズル愛好家だけが集まる「秘密の会合」

学生時代からパズル雑誌の問題作成を請け負っていたという『はずる』開発者の坂本忠之さん

――パズルのアイデアは、どこから出てくるんですか?

坂本:パズルの愛好家が世界中にいて、年に1回、集まって会合を開いているんです。各大陸もちまわりです。パズルのアイデアを考えている人たちもたくさんいます。これは個人の集まりで、ビジネスとしての参加は禁止されているんですが、弊社ハナヤマだけは例外で「特別招待枠」というかたちで参加しています。そこで参加者たちから試作品をもらったり、アイデアを見せてもらったりしています。

――その会合には、どのような人が参加しているのでしょうか。

坂本:世代も職業もさまざまです。学者、学芸員、銀行員、潜水艦の艦長だった人もいました。BitTorrent (ファイル共有ソフト)を作ったブラム・コーエンも「こんなの考えたんだけど」って見せにきてくれますよ。

――なぜ、ハナヤマだけがそこに参加できるんですか?

坂本:すでに亡くなられていますが、芦ヶ原伸之さんという著名なパズルコレクターがいました。その方が英国・ヴィクトリア朝時代のパズルを弊社に持ち込んだことが、いまの『はずる』(旧称・キャストパズル)誕生のきっかけでした。その芦ヶ原さんが、ハナヤマの人間を会合に連れていったことで、認められるようになりました。

さまざまなタイプの『はずる』。難易度に応じて6段階のレベルがある

――アイデアが製品になるまで、どれくらい時間がかかるのでしょうか。

坂本:一概には言えないのですが、数年かかるものもあります。アイデアを『はずる』に入れ込む作業が必要でして。

――「入れ込む」というのは?

坂本:たとえば、パッケージに入る大きさかどうかとか、1280円という統一した価格に見合うコストで作れるのかということを考えながら、アレンジを加えていくわけです。ようやく試作にたどり着いても、そこから「別解」のチェックが始まるんです。つまり、パズルの作者が意図した解き方以外の「別の解法」がないか、探すわけです。

――解き方は、1つでなければならないんですか?

坂本:パズルのなかには解き方が複数あるものもありますが、『はずる』については解き方が1つになるようにしています。これを我々は、「ユニーク」という言葉で表現します。日本語で「ユニーク」というと「面白い」というイメージがありますが、パズルの世界では「唯一」という意味で使います。「このパズルはユニークだね」と言うと、「このパズルの解法は1つだけだね」という一種の褒め言葉になります。

――立体の製品だから「別解」のチェックは大変そう。

坂本:「別解」が見つかり、それをつぶしたがゆえに、また別の解き方が生まれてしまうこともあります。ここで、製品化までに1年かかるのか、数年かかるのかが変わってきます。

――プログラムのバグをつぶすのに似ていますね。

坂本:大量生産すると、どうしても若干の個体差が出るので、それでもちゃんと動く範囲にしなければならないんです。抜けるはずのところが抜けなかったり、抜けちゃいけないところが抜けるとまずいんで。

その後、生産に入ったら、組み立ててパッケージに入れます。組み立てて入れるのには、検品の意味合いもあります。中国の工場でワーカーさんがやってくれるんですが、彼らは驚異的なスピードで組み立てますね。ところが、彼らに「解いて」というと、なかなか解けない。組んだときの逆をやればいいだけなんですが、人間、それが難しいんですよ。

――パズルを通して、いろんなものが見えてきますね。

坂本:ときどき「問い合わせ」があるんです。「あらゆることをやったけど、はずれない」と。ところが、じっくり話を聞いてみると、まだまだやっていないことがたくさんある。自分だけがあらゆることを試した気になっているんです。これは、大人であるほど顕著な傾向です。知らず知らずのうちに、先入観や固定観念に囚われているんじゃないでしょうか。あらゆることを試しているつもりでも、限られたことしかやっていないんです。

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土井大輔 (どい・だいすけ)

ライター。小さな出版社を経て、ゲームメーカーに勤務。海外出張の日に寝坊し、飛行機に乗り遅れる(帰国後、始末書を提出)。丸7年間働いたところで、ようやく自分が会社勤めに向いていないことに気づき、独立した。趣味は、ひとり飲み歩きとノラ猫の写真を撮ること。好きなものは年老いた女将のいる居酒屋。

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