デニムのしわに刻まれた「ダメ新人記者」の思い出

デニムのしわに刻まれた「ダメ新人記者」の思い出

デニムの名産地、岡山が僕の初任地だったからというわけではないのだけど、デニムで1年の9割以上を過ごしている。色は青か黒。加工がないもので、無駄がない細身のシルエット、できれば綿100%でストレッチが入っていないもの——というのをルールとして決めていて、一本を長いこと履き続けている。

学生時代から15年くらい履いているもの、色を染め直したり、穴が空いた箇所を当て布したりしたデニムもクローゼットには何本かあって、これらはさすがに頻繁に履くことはないが、年に何回か思い出したように引っ張り出して履いている。

ここ数年のレギュラーはといえば、2年前、アメ横を歩いているときにたまたま見つけた岡山産のデニムである。国産デニム発祥の地として観光地化している、倉敷市児島発「正藍屋」によるブランド「Pure Blue Japan」を愛用している。

最初にブルーデニムを履いて、僕が求める条件を全て満たしていたのでブラックデニムも購入した。一本あたりの値段は決して安いとは言えないけれど、特に青のほうは見事な経年変化を遂げている。さすが、児島産である。

出来の悪い記者だった新人時代

さて、デニムの話を長々書いてきたのは、ある雑誌に頼まれた取材で、8月中旬に西日本豪雨の被災地・倉敷市真備町や総社市を訪れ、短いルポルタージュを書いたからだ。何となく日々のルーティンを壊したくない僕は「Pure Blue Japan」のデニムを履いていった。

東京から新幹線で約3時間半、岡山駅から車で何度も走った国道をつかって真備方面に移動しながら、そういえばと思い出したことがある。出来が悪かった新人時代の思い出である。

特に1年目の僕は本当に出来が悪い記者だった。特ダネなんか夢のまた夢で、新聞記者最大のミスである「訂正」をたぶん同期でも1、2を争うスピードで出した。

まともに「新聞記事」を書けるようになるだけでも相当の時間がかかった。高校野球の取材をすれば、小さな囲み記事はともかく、記録は間違いだらけで「こいつに任せてはいけない」ということで、支局で先輩たちが読み合わせをやって直しを入れていた。

自分の仕事を自分で完結させられないだけでなく、他の人の余計な仕事を増やすという、まぁどこの世界にもたまに出てくるダメ新人である。

幻の国産デニム第1号

黒いデニムジーンズ

そんなダメ新人時代にもいくつか思い出深い仕事がある。例えば2006年10月4日付岡山県版の記事だ。幻の国産デニム第1号の謎を追うという読み物で、分量は1800字、写真2枚の大きな記事だった。

中身をかいつまんで紹介すると、国産デニム発祥の地とアピールしている児島より先に作られた幻の国産デニム第1号が、お隣広島県のデニム生地メーカー「カイハラ」にあるというもの。

もっとも、カイハラが作ったのはあくまで試作品で、流通するまではいかなかった。アメリカに大きく遅れていたデニム生地を国内で開発し、製造して、流通にまで乗せていったのは児島の雄「ビッグジョン」だった——。

僕はこの仕事を通じて、ただ警察や球児の言ったことを真に受けて記事を作るのではなく、自分から調べて書くことの奥深さを学べたように思う。

児島に何度か通って、それこそデニム生地とは何かという定義から調べ、製造工程から追った。電話で済む話ではあるのだけど、国道2号線を走り、福山市にあるカイハラの資料館まで足を運んで現物を確認しに行ったのも良い思い出である。

起きたことを待っている、当局の言うことを追いかけるだけが記者の仕事ではない。少なくとも僕はこんな記事を書いたことがなかったし、デニムについて追いかけて取材する記者もいないだろうと思った。刷り上がったゲラを見たとき、自分にしかできない仕事ができた。そんな達成感があった仕事だった。

西日本豪雨の復興とデニム

ガレキの山で重機が作業している

2018年の8月15日、支局時代に何度か取材に行った真備町の図書館にはガレキが山のように積み上がっていて、重機が作業していた。べきべきと木を持ち上げる音が響き渡り、湿気混じりの風に乾いた泥の匂いが乗っていた。復興がまだまだ途上であることを物語る光景だった。

市内各地のお店には、西日本豪雨支援のための募金箱が設置されていて、東京のメディアでは過去のことになった災害が、現在進行形で続いていることを否が応でも意識させられる。

真備地区から20分ほどのところにある県内屈指の観光地、倉敷市美観地区は明らかにデニム屋の数が増えて、産業全体で街を盛り上げようとしていた。こんなときだからこそ、と訪れる観光客が楽しむには十分すぎる場所だ。観光を楽しむのも立派な支援である。デニムメーカーをはじめ岡山県が観光客を迎え入れる準備は万端整っている。

ところで稀代のエッセイスト・山口瞳は『礼儀作法入門』のなかで男性のファッションについてこんなことを書いている。曰く、おしゃれとは人前で目立たないことであり、そのために必須の色は、地味だと思いきや逆に思い切り目立ってしまう黒や白ではなく「濃紺」なのだ、と。

さてデニムも基本は濃紺である。

大人である当サイトの読者のみなさまには、ぜひ手軽にできる復興支援として新しいデニムを楽しむというのも粋であると提案しておきましょう。

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石戸諭 (いしど・さとる)

記者/ノンフィクションライター。1984年東京都生まれ。2006年に毎日新聞入社。大阪社会部、デジタル報道センターを経て、2016年にBuzzFeed Japanに移籍。2018年4月に独立した。初の単著『リスクと生きる、死者と生きる』が読売新聞書評欄にて「2017年の3冊」に選出される。

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