これが焼き物とは!「ファミコンがやってきた日」の衝撃を表現する「デジタル陶芸家」
「こ、これが本当に焼き物?」
まるで懐かしのファミコンゲームに出てくる、ボーナスがもらえるラッキーアイテムのようなこのオブジェは、実は陶芸作品。エッジが効いたこれらの作品が、よもや土から生まれていようとは。
解像度が低いドット絵を思わせるこの焼き物の作者は増田敏也さん(41)。日本でおそらくたったひとりの「デジタル陶芸家」です。増田さんがこれまで焼きあげた「デジタル陶芸」作品は、およそ200点にも及びます。
これらデジタル陶芸は、いったいどのようにつくられるのか。そもそも、なぜ「デジタル陶芸」なのか。翌年の春に開催される展示会へ向けて作品づくりにいそしむ増田さんにその理由を訊ねるべく、大阪市生野区の工場地帯にあるアトリエへと向かいました。
ファミコンに「どっぷりとハマった」幼少期
――増田さんが「デジタル」を意識し始めたのは、いつですか。
増田:7歳のときですね。祖父が「ぴゅう太」という名前のコンピュータを買ってくれたんです。ファミコンの前の世代にあたる、ゲームで遊べるマシンです。現在のゲームとは比べ物にならないほど画素が粗いのですが、それでもデジタルによる表現が自分の生活の中に入ってくることに衝撃を受けました。子どもながらに「あ、これは時代が変わるな。人々の感覚が大きく変化するな」と感じました。
――「ぴゅう太」の後に登場するファミコンの影響はありましたか?
増田:もう、どっぷりとハマりました。ドラゴンクエスト、スーパーマリオブラザーズ……。やるゲームやるゲーム、ぜんぶ夢中になりました。特によく遊んだのが昭和63年(1988年)に発売された『マニアックマンション』。洋館に住むマッドサイエンティストに捕われた恋人を助けだすアドベンチャーゲームで、「伝説のクソゲー」とも呼ばれています。でも僕はストーリーもグラフィックもどちらも好きで、ぜんぜんクソだと思わなかった。洋画のような色彩や少ないドット数で描き分けるキャラクターデザインが気に入っていたし、現在の僕の作品にもその影響が反映されていると思います。
格闘ゲーム「バーチャファイター1」に「革命や!」と興奮
――陶芸家になったのは、いつですか?
増田:平成15年(2003年)です。デジタルを想起させる表現は、実はそれ以前から陶芸ではなく金属でやっていました。大阪芸術大学で金属工芸を学び、そのまま副手(教務補佐員)として大学に残り、鋳物でできたワイヤーフレームを組み合わせながらコンピューター・グラフィックをイメージさせる作品をつくっていたんです。
ただ、副手の任期終了後に大阪市の公立高校で非常勤講師をすることが決まり、陶芸をはじめとした工芸全般を生徒たちに教えなければならなくなりました。それまで専攻が金属だったので、陶芸は未経験。土いじりをやったことがなかったから、慌てて独学しましたよ。『はじめての陶芸』なんて本を読みながら(笑)そうやって教えながら自分も勉強していく日々でした。
――ご自身の作品にデジタルの要素を採り入れようと思ったのは、どうしてですか?
増田:副手をやっていたとき、ゲームセンターで格闘ゲーム「バーチャファイター」と出会ったことが大きいです。3Dポリゴンのキャラクターたちが闘っている画面を見て「これは革命や!」と、しびれるような興奮をおぼえました。平面と立体、映像と実在の間にある壁が破壊されてゆく感覚になったんです。そういった“バーチャル・リアリティ”を目の当たりにし、いよいよ“デジタルとリアルが溶けあってゆく時代”の到来を実感しました。あの頃そう感じたのはきっと僕だけではないはずだし、「この同時代性を作品として伝えなければならない」と強く思ったのが動機です。とはいえ、まさか後に焼き物でデジタルを表現することになるとは、大学にいた当時は想像もしていませんでした。
「ファミコン以前」「ファミコン以降」の時代感覚を焼き物で表したかった
――それまで得意としていた金属から「デジタル陶芸」へと発展していったいきさつを教えてください。
増田:悩んでいたんです。僕が表現したかったのは「ファミコン以前」「ファミコン以降」と呼ばれる時代のちょうど間にあった、解像度が低いけれど時代が変わる予兆をはらんだ、あの8ビットや16ビットの「デジタルっぽさ」。そこで、金属よりも土のほうがアナログからデジタルへの移行期を表しやすいのではないかと思い、素材として使ってみることにしました。
――デジタルを土で表現しようとは、大胆な発想ですね。
増田:縄文時代から続く陶芸とデジタルとでは、言わばイメージが正反対。このギャップが、「作品の意図をいっそう明確にしてくれるのではないか」とひらめいたんです。ちょうどその頃、ギャラリーで作品を展示する予定があり、試すにはいい機会でした。
試行錯誤の末に辿り着いた「デジタル陶芸」という表現
――まるでゲームに出てくるアイテムのような、いったいどうやって焼いているのか不思議に思う作風ですね。デジタル陶芸はすぐにできたのですか。
増田:いやあ、ドット絵のような陶芸作品なんて過去につくったことがなかったので、はじめはどうやってつくっていいのかわからなかったです。窯へ入れると爆発したり、割れたり、かなり試行錯誤を繰り返しました。そうして失敗を重ねるうちに、山の等高線のように積層してゆく技法がうまくマッチしたんです。
――デジタル陶芸作品をつくるうえで、こだわる部分はありますか。
増田:仕上げにはあえて釉薬(ゆうやく/陶磁器などの表面をおおっているガラス質のもととなる薬品)は塗らず、土が持つマットな質感をそのまま生かすことで、テレビ画面のなかに存在するかのような色合いに近づけています。
――なるほど。かたちや色合いの工夫もあって、ファミコン登場以降の時代の空気が見事に作品に焼きこまれていると感じました。
増田:今は多くの人がスマホやパソコンを持ち、現実と画面のなかの世界が混ざって区別がなくなってきていますよね。そんな現代の暮らしを表現するのに、陶芸はふさわしかった。よく「なんで陶芸でデジタルを?」って聞かれるんですが、陶芸はその時代を映し出しながら未来へつないできた工芸だと思うんです。千利休の時代に茶碗を焼くということは、単なる食器づくりの意味をはるかに超えていますよね。だったら僕は、「生活のなかにデジタルがやってきた日」の衝撃を焼き物で表して、次世代へと伝えていきたいんです。