ストーカー殺人事件傍聴記~粘着性の裏に見え隠れした「中年男性」の孤独と寂しさ

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「いつか出ることができれば、遺体を捜索する活動をしたい」

ストーカー殺人事件の法廷。最終弁論の後、裁判長から「最後に言いたいことは?」と問われると、52歳の被告人はこう答えた。

東京都目黒区に住む元交際相手の女性(当時24歳)を殺害し、バラバラにして遺棄したとして、殺人や死体遺棄などの罪に問われていた無職、佐賀慶太郎被告人の判決公判が昨年12月14日、東京地裁で開かれた。検察の求刑は無期懲役だったが、佐々木一夫裁判長は懲役29年の有罪判決を言い渡した。

この事件は、2016年9月に起きた。殺害された女性の遺体が発見されていない「死体なき殺人」だ。そのような背景もあり、被告人は公開の法廷で冒頭のような言葉を発した。

筆者はこの裁判員裁判について、被告人質問や求刑、最終弁論など重要な場面をこの目で見るため、裁判所に数回、足を運んだ。傍聴を通じて、被告人の粘着性や依存性と同時に、彼が抱えていた「孤独」を垣間見ることができたように思う。

今回と過去のストーカー事件の「3つの共通点」

筆者がこの事件に関心を持った第一の理由は、ストーカー事案が増加していることだ。ストーカー規制法の制定以降、ストーカー事案の認知件数は年々増加し、今では年間2万件を突破している。検挙件数も2000件前後で、身近になりつつある。

もう一つ、今回の事件が、過去の重大なストーカー事件といくつかの点で共通していたことも裁判傍聴の動機となった。

共通点としてまずあげられるのは、一人暮らしの女性宅で起きた事件だったことだ。

2015年8月、東京都中野区のマンションで劇団員の女性(当時25歳)の遺体が発見された。翌年3月に殺人容疑で逮捕され、裁判員裁判で有罪判決を受けた戸倉高広受刑者は、実家がある福島県から東京に戻ったとき、女性を見つけて「友達になりたい」とあとをつけた。殺人や強制わいせつ致死の罪に問われた裁判で、東京地裁は無期懲役の判決を言い渡した。控訴審も一審判決を支持した。

今回の目黒区の被害女性も、一人暮らしだった。目黒区の事件では、被告人が女性のマンション前で待ち伏せしていた。

次に、被害者が元交際相手の女性というのも、過去の重大事件と同じだ。今回の事件の被告人と被害者は一時、同棲していたが、破局。しかしその後も、被告人は「お金を返してほしい」と迫り、被害者につきまとおうとした。

加害者と被害者が交際していたという意味では、2013年10月に東京都三鷹市の女子高生(当時18歳)が自宅前で殺害された事件を思い出す。殺害したのは元交際相手の池永チャールストーマス受刑者。出会いはフェイスブックだった。

破局後、復縁を迫ったが、女子高生が別の男性と交際していることをSNSで知り、殺意が芽生えた。女子高生の自宅に忍び込んで殺害に及んだが、犯行前にわいせつな写真と動画をアダルトサイトにアップロードしたことが大きな問題となった。この事件をきっかけに、リベンジポルノ防止法が制定された。

ネットがきっかけの出会いは今では当たり前だ。恋愛や結婚に発展することも珍しくなくなってきた。しかし、一度交際して信頼を置いていた相手が別れたあとに殺意を持つとなれば、安易に人付き合いもできなくなってしまうに違いない。

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さらに、被害者が警察に相談していたというのも、今回の事件と過去のいくつかの重大事件と共通する点である。目黒区の女性は警察署にストーカー被害の相談をしていた。同じく警察に相談していたという点では、2016年5月に東京都小金井市内のイベントスペースの前で、シンガーソングライターの女性が切りつけられた事件と同じだ。

小金井市の事件の被害女性の意見陳述によると、2014年6月ごろから、岩崎友宏受刑者はライブ会場にやってきて、「結婚してください」などと言ってきたり、ツイッターで嫌がらせをしたりしていた。殺人未遂に問われ、一審は懲役14年6カ月の有罪判決。控訴したが、その後取り下げて、判決が確定した。

警察に相談して警戒していても、被害にあうとなれば、いったいどんな対策をすればいいのか、と考え込んでしまう。こんな不意打ちの犯罪は恐怖でしかなく、不安を覚える。

法廷で見た被告人の様子

ここで取り上げた事件の加害者はいずれも、孤独で粘着質な印象だ。目黒区の女性殺害事件は、これらと似た性格を持っている。そのため、佐賀被告人も似たような心理状態だったのではないかと、筆者は推測した。傍聴しようと法廷に向かうと、傍聴席は連日のように満席だった。座れないことも多く、関心の高さをうかがわせた。

実際にこの目で見た佐賀被告人は、どんな人物だったか。

被告人は黒のスーツ、黒のメガネを身につけ、法廷に入るときは毎回、誰もいない裁判官の席に向かって一礼していた。礼儀正しさを感じさせたが、被告人質問で発言を求められると、「うーん」などと気だるそうにため息をつくことが多かった。無期懲役を求刑した検察官に対して、にらみつけるかのような表情をみせていた。一度キレると、怒りが止まらないタイプなのだろうか。

筆者が傍聴した法廷では、被害者の関係者の証言を何人か聞くことができた。印象的だったのは、被害者のアルバイト先の店長が話した内容だ。被告人はここで顧客として被害者と知り合った。その後、被害者は一度、アルバイトをやめるのだが、最後の出勤日にこう言っていたという。

「(佐賀被告人から)LINEで『大宮駅で待っている』と届いた」

女性は嫌がるような様子だったという。その後、別の日に女性から店長に連絡があったとき、「本当に大宮駅で立っていた」と言っていたという。店長は、被告人と女性が一時、同棲をしていたことを知らず、金銭問題でトラブルになっていたことまでは把握していなかったが、女性から聞いた話をもとに、顧客データベースに「駅で待ち伏せ ストーカー疑惑」と記入した。店側も警戒するような相手だったということだ。

女性は再び、同じアルバイト先で働くようになった。そこで再び、2人が出会い、被告人は「お金を返せ」と迫った。そのとき、スマホを取り上げるなど、暴力的になった。そこで女性は警察署に被害届を出し、被告人は暴行の容疑で逮捕された。警察署内から被告人が弟に出した手紙には「請求は第三者を通じて行う」と書かれていた。また釈放されるとき、「二度と近づかない」旨の上申書を提出していた。

自制が利く人間ならば、これ以降は女性に会うことをあきらめるだろう。被告人の場合も、行政書士を通じて、内容証明郵便を出している。それに対して、女性は弁護士に相談し、「返済の義務はない」と回答した。被告人はいったん第三者を介して問題を解決しようと考えたはずなのに、どうして直接、女性に会いに行ったのか。私にはどうしても理解できなかった。

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理解に苦しむ被告人の行動

そうした中、被告人は再就職活動に失敗。女性に対する殺意が芽生え、インターネットで「殺人」「遺体処理」などを検索する。

「こんなことになったのもAさん(被害女性)のせい。あんなやつ殺してしまえばいい」

結局、女性に金銭の返済を断られた被告人だが、あきらめきれず、「貸したお金を返してもらおう」と直接会いに行くことにした。それまでに「職場や自宅に来ないで」とのメッセージを受け取っていたが、直接話し合えば、お金を返してもらえると思った、と陳述した。そして、被告人は女性のマンションの前で、女装して待ち伏せたのだ。

「静かに話しかければ大丈夫だろうと思った」

被告人はそう陳述したが、女性は頑なに返済を拒否した。法廷で、検察官は「親に請求するという手段もあったのでは? 実家も知っていたんだし」と質問した。被告人は「お母さんは厳しいと言っていた」と、そこだけは“合理的に”答える。しかし、女装までして待ち伏せをすれば「通報される可能性があるのでは?」と聞かれると、「可能性が少ない」と、都合の良い考えを示した。この思考が私には理解できない。

おそらく、この段階で視野が狭くなっていたのだと推測される。心理的視野狭窄、つまり、右か左か、0か100かという極端な思考に陥っていたのではないか。

「再就職活動が長引いていて、生活費が必要だった」

被告人は法廷でこう話した。お金に困っていたようだ。ギャンブルで失敗したのか、被告人は女性と出会う前、妻に300万円の借金をしている。いったん完済したが、女性と出会ってから再び300万円の借金をした。お金の使い方が計画的ではないのだろう。

一方、女性には資金援助として100万円を貸したという。同棲生活をしている時期、家賃は折半の約束だったが、女性が支払ったのは一度だけ。被告人が仕事をしてない時期でもあり、借金で賄ったが、結局、女性は被告人から離れていった。

その後、被告人は、アドレス帳の登録名を「マイダーリン」から「逆ギレ要注意女」に変更した。それほどの怒りや憎悪があったのだろう。

一般的に、ストーカーは相手に対して、執拗に粘着する。オーストラリアの専門家向けリスク評価手法「Stalking Risk Profile(SRP)」によると、ストーカーの類型として、「拒絶型」、「憎悪型」、「親しくなりたい型」、「相手にされない求愛型」、「略奪型」がある。被告人は、このうちの「憎悪型」かもしれない。

もしかすると、被告人の場合、女性に依存したことで孤独を癒やされた“成功体験”があったのかもしれない。だからこそ、2人の関係にこだわり続け、金銭トラブルを理由に連絡をとろうとし続けたのではないか。被告人にとっては、問題が解決しないほうがよかったのかもしれないが、怒りや憎しみが一線を越え、殺人に至ってしまったといえる。

被告人のストーカー体質の裏側には、暴力性と同時に、寂しさや孤独が見え隠れした。理解できない思考が多かったが、孤独をうまく楽しめず、コントロールできない中年男性の末路だったのかもしれない。被害女性にとってはたまったものではない。

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渋井哲也 (しぶい・てつや)

ライター。長野県の地方紙の記者を経て、フリーに。栃木県生まれ。若者の生きづらさ、自殺、自傷、依存、性、障害などをテーマに取材をしている。中央大学非常勤講師。著書に『命を救えなかった 釜石・鵜住居防災センターの悲劇』『絆って言うな!』『実録・闇サイト事件簿』『明日、自殺しませんか』『自殺を防ぐためのいくつかの手がかり』等。

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