86歳のおばあちゃんがよくしゃべる「ジグソーパズル」専門店 「お金は天国に持っていけない」
東京・葛飾区にジグソーパズルの専門店があります。86歳のおばあちゃん、金井幸枝(ゆきえ)さんがひとりで店を切り盛りしています。もともとは普通のおもちゃ屋でしたが、夫と一緒に経営していた30年ほど前、流行り廃りのある子供向け玩具を扱うのをやめ、ジグソーパズル1本に絞ったといいます。「あまり売れないものだけを残して、長く引っぱろうってわけ」。
店を訪れた人であれば誰もが感じることでしょうが、このパズル専門店「カナイトーイ」の店主の幸枝さんは80代後半にもかかわらず、とにかく元気です。この日も、パズルについて聞く前から話が弾み、「もう何十年もくつ下を履いていないけど、寒くないの」と「生足」を見せてくれました。
東京生まれ東京育ちの「江戸っ子」らしい快活さがある幸枝さん。思ったことをすぐ口に出してしまうため、若い頃は「女は貞淑であるべき」と考える母親とよく衝突したそうです。店でも、おしゃべり好きな幸枝さんの接待を「ウザがらみ(ウザくなるほど過剰なコミュニケーション)」と感じる人がいるかもしれません。
「ここではカッコつけてるほうが、みっともないよ」
店には約400のジグソーパズルが並んでいます。幼児・子供向けのものはなく、すべて大人向け、ターゲットは25歳以上です。一番シンプルなもので、108ピースのパズルがありますが、これは「おもにリハビリ用のもの」とのことです。そのほか、300、500、600、1000、1500、2000ピースのパズルが売られています。
2000ピースにも飽きた人には、「マイクロピース」の1000ピースパズルがあります。これは1ピースの大きさが通常の4分の1ほどしかないパズル。常連客以外の人がこのパズルを購入するには、幸枝さんの「テスト」を受けなければなりません。
テストは、10分間。マイクロピースのピースを数十個あつめた山のなかから、いくつか組み合わせるというものです。強引に組み合わせていないか、幸枝さんがルーペで厳しくチェックします。
「ここでカッコつけたってダメ。能力はバレバレなんだから。カッコつけてるほうが、みっともないよ」と、幸枝さん。カナイトーイは、こうしたやりとりを楽しむ店でもあります。
商売という面で考えれば、ふつうに売ったほうが早いと思うのですが、幸枝さんは言います。
「ガツガツしたって、(人差し指と親指で輪を作って)コレ(=お金)を(天国に)持っていかれないでしょう? どんなに金持ちだろうが貧乏だろうが、一緒。(死んで)焼きあがれば、みんな骨だけ。骨壷が高級なものになるかどうか。それだけの違いよ」
「へそ曲がり」なおばあちゃん「仕事は意外と飽きないのよね」
幸枝さんによると、ジグソーパズルは休日や祝日の前の日によく売れるそうです。休みの日に腰をすえてやる人が多いのでしょう。では、よく売れる季節というものが存在するのでしょうか。「たとえば、クリスマスによく売れたりするんですか?」と、尋ねてみました。
「それはないね」と幸枝さん。「クリスマスはいっさい関係なし。私がへそ曲がりだから、それらしいものも置かないよ。クリスマスなんて、戦後できたものだからね。生まれながらにそんなものはないよ」。
そう言われて初めて、幸枝さんが戦前の生まれであることに気づきました。改めて聞くと、「戦争が始まって半年後に、アメリカの爆撃機が飛んで来たのを見た」、「東京大空襲では、本所(現在の墨田区)の空が真っ赤だった」と、生々しい話が次々と出てきます。
もちろん、前回の東京オリンピック(1964年)や大阪万博(1970年)もテレビや現地で観てきました。「東京でのオリンピックを2回も観られるなんて、すごいですね」と言うと、「さすがに3回目はムリかしらね」と笑っていました。
ちなみに、筆者は幸枝さんの「テスト」に合格したので、「マイクロピース」のパズルを買うことが許されました。
絵柄は、ドイツの観光スポットとして有名な「ノイシュバンシュタイン城」にしました。幸枝さんが「昔、ひとりで海外旅行ツアーに参加したとき(統一前の)西ドイツで見たけど、とっても綺麗だった」と言っていたからです。
「何歳まで店をやるかって? わかんない。けど、意外と飽きないのよね」