新設ライブハウスが仕掛ける「オープンマイク」 1曲歌えば「20人と友達になれる」
かつて東京・池袋の高架近くに、隠れ家のような居心地のいいライブハウス「鈴ん小屋(りんごや)」がありました。玄関で靴を脱いで上がるアットホームな空間と、個性的なアーティストたちによるハイクオリティな演奏。有機野菜や無農薬玄米を使用したフード類も楽しめる名店でした。
そんなオーガニックなムードも手伝ってか、バンドはもちろん、ひとりで演奏する「弾き語りアーティスト」たちに愛されました。しかし2018年2月13日、唐突に“その時”はやって来たのです。まさかの急な閉店。その日以降に予定されていたライブはすべてキャンセルとなってしまいました。いかにこの閉店劇が急転直下の出来事であったか、うかがい知れます。
鈴ん小屋店長の小村誠治さんは、失意の中で新天地を求め、早稲田に手頃な物件を見つけました。2カ月後の4月13日、「早稲田リネン」というライブハウスを新たにオープンさせたのです。店には鈴ん小屋を愛したアーティストたちが小村さんを慕って集まり、連夜素晴らしい演奏を聴かせてくれます。
また、早稲田リネンでは「オープンマイク」という観客参加型のイベントを開いて、気軽にステージを体験してもらっています。小村さんはどんな思いでライブハウスを運営しているのでしょうか。冷たい小雨のぱらつく2月の昼下がり、店を訪ねて話を聞きました。
意図せず個性的な店になっていった
ーーまず、鈴ん小屋を始めるまでの経緯をうかがいたいのですが。
小村:そもそもはリハーサルスタジオで働いていたのですが、縁あって「SHIBUYA DESEO」「新宿MARZ」といったライブハウスの立ち上げに関わりました。その後、「青山 月見ル君想フ」や「代官山 晴れたら空に豆まいて」といった店でもブッキングなどを担当していたんです。その流れで、「池袋でライブハウスをやらないか」というお話をいただきました。それが鈴ん小屋の始まりです。
ーー鈴ん小屋はどういったお店として作っていったのでしょう。
小村:当初は別にシンガーソングライターにこだわっていたわけではなくて。普通のライブハウスっていう感じで始めたんです。
ーーそうしたら、たまたまソロの歌い手さんに愛されてしまった。
小村:キャパもそんなに大きくないし、土足禁止の店だったんですよ。なので、バンドによっては「土禁でライブなんかできるか」みたいな声もあって……。
ーーああ、例えばスーツを着るようなバンドが裸足でやるわけにはいかないですよね。
小村:あと外国人もですね。靴を脱ぐ文化がないので、土足でそのまま入ってくる(笑)。ご時世的にも、「チケットノルマを取ってバンドを出演させる」というビジネスモデルが成り立ちづらくなってきた時期でした。そういうこともあって、平日はシンガーソングライター中心で、みたいな流れになってきたんです。
ーーいつの間にかそうなっていた。
小村:と言っても、私の音楽の入口は日本のフォークソングなんです。かぐや姫とか、イルカさんとか。なので、演者の系統がそうなっていったのも、ある意味では自然なことでした。
ーー特に不本意というわけでもなく、むしろウェルカムだった?
小村:そうですね。
鈴ん小屋、突然の閉店
ーーしかし、鈴ん小屋は昨年2月、思わぬタイミングで突然閉店してしまいます。
小村:いろいろありまして。その辺の紆余曲折については、いつか自分できちんと記録をまとめようと思っているのですが、なかなか時間も取れなくて……。
ーーそれはぜひ読ませていただきたいので、長い目でお待ちしています(笑)。では、閉店から小村さんが「早稲田リネン」を開くまでの経緯はどういう感じだったのでしょう。
小村:鈴ん小屋がいよいよヤバそうだということになり、次の場所を探していたときに、たまたまここ(現在リネンのある場所)がライブハウスの居抜き物件として出ていたんです。それで、引っ越してきたような感じですね。
ーー小村さんは鈴ん小屋の閉店直後に、SNSで鈴ん小屋の再建について触れていました。リネンが存在する今でも、鈴ん小屋の再建は考えていらっしゃるのでしょうか。
小村:リネンもまだ現在進行形で、どういう形になっていくかはわからなくて。例えば、鈴ん小屋は地方の農家と提携して、有機野菜や無農薬玄米などを使ったフードを出していたのですが、リネンではまだ食事の提供はしていないんです。将来的に、そういうオーガニックな部分を突き詰めた店舗を別途作ることも視野に入れているのですが、今はリネンという場を確立することに専念しています。
ーー鈴ん小屋のユニークな魅力を、そのままリネンで再現するのは難しいということでしょうか。
小村:リネンは、いろんな文化の人が集まって始めたお店なんです。鈴ん小屋の文化はニッチな性質があるので、そっちに寄せてしまうと、合わない人を排除することになってしまう。
ーーなるほど、鈴ん小屋がちょっとクセの強いお店だったとすると、リネンはもっと間口の広いお店として成長させていきたいと。
小村:そうですね。有機野菜のようなわかりやすいアイコンを追求するよりも、まずは人と人とのつながりを大切にしていく場所として、再スタートという気持ちでやっています。「リネン」という名前にもそれは現れています。これは麻素材の名称から取ったのですが、「風通し良く、みんなと接していきたい」という思いを込めています。
ブッキングにハズレはない
ーー出演者さんからは、「いつ出ても対バン相手が面白い」「ブッキングに間違いがない」という声を聞きます。そのようにブッキングを信頼されているのはなぜだと思いますか。
小村:なんなんでしょうね…。まあ、長く出演していただいている方の場合は、すでに一定の評価を受けている方ですから、「この人に出てもらうのに下手なブッキングは組めないぞ」というような思いはあります。
ーーでは、これはたぶん記事には書けないと思うんですけど、「今日はハズレの日だな」みたいなこともある?
小村:それはないですね。結局みんな音楽が好きで、楽器を持って練習して、自分のオリジナル曲を作ってやってるわけじゃないですか。当たり前だと思われるかもしれないですけど、それは決して当たり前ではなくて。なかなかできないことなんです。
ーーなるほど。
小村:リネンでは、チケットノルマなしで1枚目からチャージバック(演者にチケット代の何割かを還元すること)ができるような、欧米のライブハウスに近い形でやれたらなと。お客さんがふらっと来て、お酒を飲んで盛り上がって、演奏を楽しんで帰ってもらう。そういう本来のライブハウスの形で。
弾き語りシーンは盛り上がっている
ーー歌い手がひとりで演奏する「弾き語り」のシーンについて、何か思うところはありますか。
小村:自分自身がフォーク出身ということもあって、シンガーソングライターは今後も応援していきたいと思っています。鈴ん小屋の時から歌ってくれている人では、阿部浩二くんっていう赤坂BLITZでライブをやるような人も出てきました。今、シンガーソングライター界は盛り上がってきてると思ってるんですよね。弾き語り専門の雑誌やウェブサイトがあってもいいくらい。
ーー具体的には、どういったところで盛り上がりを感じますか。
小村:ストリートなんかでは、miwaさんとかYUIさんに憧れてギターで歌っている女の子も多いですし。
ーー最近だと、あいみょんさんとかもですね。
小村:松任谷由実さんや中島みゆきさんにしても、元々は弾き語りじゃないですか。それが細野晴臣さんなどバンドマンに見初められて、バンド的な音楽をやっていくようになりましたけど。
ーーバンドとして出てきた人たちにしても、ひとりのソングライターがほぼ全曲を作って歌っているケースは多いですよね。Mr.Childrenの桜井和寿さんしかり、スピッツの草野マサムネさんしかり。
小村:だから、演奏形態は関係ないと思います。ギター1本なのか、そこにベースやドラムが加わるのかは、その時々でやっていけばいい。基本はシンガーソングライターありきだと思うんです。
ぼっちミュージシャンの味方“オープンマイク”
ーーリネンでは「オープンマイク」(一般の客が参加費を払って自由に歌えるイベント)も開催しています。これは定期的にやられているんでしょうか。
小村:はい。毎月、第1水曜日に実施しています。
ーー急にふらっと来て、入れるものなんですか。
小村:入れますね。
ーー例えば、ひとりで音楽を始めてみたものの、演奏をする場所も自信もない、みたいな人が突然ひとりで来ても、歌わせてもらえる?
小村:そうです。店にギターもありますし。
ーーあ、じゃあ手ぶらで来ても大丈夫なんですね。
小村:大丈夫です。今、オープンマイクって、めちゃめちゃ増えてるんですよ。だいたいどこの店も始めてるんじゃないですかね。各地のオープンマイク情報を集めて発信するツイッターなんかをやられている奇特な方もいますし。
何をやってもいい
ーー具体的な参加方法を教えてください。ふらっとお店に来て、参加費を払うような?
小村:そうですね、いきなり来ていただいて。入場料は1000円です。観るだけでもいいですし、演奏してもいい。気軽にステージを経験できるのがオープンマイクです。
ーー「オープンマイク」という言葉自体、聞いたことすらない人も多いと思います。実際に参加してみないと、なかなかどういう雰囲気なのかとか、勝手もわからないですよね。
小村:“オープンマイク”っていうくらいなんで、ステージを一定時間あなたのために開放しますよ、っていう催しです。何をやってもいい。
ーーそれこそ、音楽じゃなくてもいい。
小村:そうです、そうです。朗読だったり、パントマイム、寸劇、紙芝居なんかをやる人もいます。
ーー漫才やコントなどをやってもいいわけですね。
小村:料理を作る人もいたり(笑)。
ーー料理!(笑)
小村:とにかく、何かを表現したい人のためにステージを開放しています。例えば、「22才の別れ」(フォークデュオ「風」の代表曲/1975年)が弾けるんだったら、それを弾いてくれればOKです。
20人と友達になれる
ーー参加してみようか迷っている人にアドバイスなどはありますか。
小村:「何かを人前で発表したい」という思いさえあればいいんです。ただ、「本番をやる」って設定しないと、なかなか踏み出せないじゃないですか。まずは「来る」って決心していただいて、それに向けて一生懸命練習してほしいですね。そんなにハードルが高いものじゃないんで。
ーー「本番をやる」と決めることで、初めて本気で練習できると。ライターも締切がないと書けない生き物なので、よくわかります(笑)。オープンマイクならではの楽しみ方みたいなものはありますか。
小村:とにかく音楽を楽しみたくて来る人が多いんで、参加者同士での話が弾みやすいです。お互いにオープンマイクの情報を交換したり、ライブ告知のために来る人もいます。友達はできますよ。
ーー友達が! それはとても魅力的ですね。
小村:毎回20人くらいは来るので、ミュージシャン仲間がいないという人も、オープンマイクに来れば20人と友達になれます。なろうと思えば(笑)。音楽って、ひとりでも楽しめるすごくいい趣味だと思っていて、それをやっている方々を応援したいんです。できるんだったら、どんどんやったほうが絶対にいい。
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一見いかつい風貌の小村さんは、その実、とても音楽やアーティストへの愛情にあふれた、穏やかで人当たりのいい好人物でした。筆者のぶしつけな質問にも、じっくりと言葉を選びながら真摯に応えてくれる姿が強く印象に残りました。鈴ん小屋に出演していたアーティストたちの多くが彼を追ってリネンに付いてきたことも、少しも不思議ではないと感じます。
弾き語りは、自分の家でひとりで楽しむことができる素敵な趣味です。しかし、やはり音楽である以上、誰かに聴いてもらってこそ、初めて得られるものも多くあります。「オープンマイク」という場は、それを手軽に実現できる、理想的な舞台と言えるのではないでしょうか。