病気と闘いながら踊る88歳・ギリヤーク尼ヶ崎「大老人」が見せた復活のきざし

88歳の大道芸人・ギリヤーク尼ヶ崎。夜の街頭で見た彼の舞踊は、幻惑的でした。5月18日の夜、神奈川県横浜市の商店街で、大道芸人・ギリヤーク尼ヶ崎さんの公演があったのです。

ギリヤークさんは現在88歳、「米寿」です。2018年10月には、芸歴50周年を記念する公演が東京・新宿でありました。そのとき、筆者は数十年ぶりにギリヤークさんの踊りを見ました。今回は通算3回目、筆者にとって初めての「夜のギリヤーク尼ヶ崎」でした。

老齢の大道芸人はちゃんと踊れるのか?

公演があったのは、東急東横線・白楽駅(横浜市)から、歩いて1分ほどの六角橋商店街。イベント「ドッキリヤミ市場」の会場でした。半年ぶりに見るギリヤークさんへの期待に胸を躍らせる一方、筆者には一抹の不安がありました。昨年の50周年公演でのギリヤークさんは、体調が万全ではなかったのです。

身をかがめて丸くなる演目「老人」では、ほとんどしゃがむことができず、ギリヤークさん自ら観衆に「これで我慢してください」と宣言するほどでした。はたして今回はどうだろうかと心配でした。

この日は、昼はTシャツで過ごせるほど暖かでしたが、陽が落ちてからは肌寒く感じるほどでした。そもそも公演自体、ちゃんと始まるのだろうか? という疑念すら筆者の頭をよぎりました。

六角橋商店街

「ドッキリヤミ市場」は、商店街全体で行われており、酒や食べ物が売られていたり、路地の一画を借りた人たちが衣類や本を売ったり、ライブパフォーマンスがあったりと、とにかく雑然としていて、少し怪しげな雰囲気。筆者はこの空間を即座に好きになってしまいました。

1本100円で売られていた唐揚げの串をほお張りつつ、人をかき分けるようにして路地を抜け、ギリヤークさんの公演が行われるスーパーの駐車場を目指しました。

駐車場に着くと、ベリーダンスのパフォーマンス中でした。煌々と照らすライトの光が、妖艶な雰囲気を演出しています。筆者のカウントで、120人ほどの観客が集まっていました。

ベリーダンスが終わると、さらに人が集まってきました。新宿での50周年記念公演とは、客の雰囲気が明らかに異なっていました。なにしろこちらは商店街のイベントのさなか。缶ビールを片手にやってくる人や、「フラダンスが見たかったんだけどな……」と呟くおばさん。「ねえ、何が始まるの?」と親にたずねる子供の姿がありました。

去年の公演とは動きが違っていた

夜9時ちょうど。このころには、観客が先ほどの倍以上に増えていました。そのなかを車イスに乗ったギリヤークさんが勢いよく登場します。前年観たときと同様、三味線をかき鳴らすさまを演じる「じょんがら一代」から始まりました。ぶつぶつ文句を言っていたおばさんも、なぜなぜ期のお子さんも、ギリヤークさんに見とれているのか、静かになりました。

そこから観客と一緒に踊る「よされ節」、チャンバラ劇に着想を得た「果し合い」と演目は続きます。この「果し合い」のとき(あっ!)と筆者は息をのみました。50周年公演のときに比べ、ギリヤークさんの動きが大きく、しかも軽やかだったのです。

ギリヤークさんが本来やりたかった「果し合い」はこれだったんだと気づきました。夜の闇と照明の光が、ギリヤークさんの存在を際立たせているようにも見えました。

演目「果し合い」

幕間の時間に、ギリヤークさんは自分がパーキンソン病にかかっていると語り、これを「頭がおかしくなる病気」と表現しました。続けて、令和の時代まで踊り続けられたこと、若い人にあとを継いでほしいことを、何度も何度も語りました。

そして「老人」です。ふんどし姿になったギリヤークさんが、ゆっくり身をかがめ、丸くなっていきます。脊柱管狭窄(せきちゅうかんきょうさく)症を患っていると報じられるギリヤークさんにとって、腰を曲げることは難しいことかも知れませんが、今回は老いた人間が縮こまっていく姿が見事に表現されました。

ふと、黒子役を務める女性の顔を見ると、その出来に、涙を流しているようにも見えました。

50周年の記念公演では、ほとんどかがめなかった「老人」

「老い」は一方的に進むものではない?

最後は激しく踊り狂う「念仏じょんがら」です。寒空のなか、頭から水をかぶってびしょ濡れになったギリヤークさんの迫力に、観客は皆、圧倒されているようでした。

途中、ギリヤークさんが思い出話を延々と10分近く語ったため、客席から「ギリヤーク、踊って!」「踊りがみたい!」といった声が飛ぶ場面もありましたが、筆者は今回の公演を心底楽しむことができました。「老い」とは一方的な流れであって、若さや活力のたぐいは失われ続けるものだと考えていましたが、この日のギリヤークさんには、新宿で見たとき以上の力がみなぎっているようでした。

終演後は、観客がわっとギリヤークさんのもとに集まり、「投げ銭」をバケツや網に入れていました。そのなかに、10代や20代らしき人たちが多く見られたことが印象的でした。

激しく踊る「念仏じょうがら」

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土井大輔 (どい・だいすけ)

ライター。小さな出版社を経て、ゲームメーカーに勤務。海外出張の日に寝坊し、飛行機に乗り遅れる(帰国後、始末書を提出)。丸7年間働いたところで、ようやく自分が会社勤めに向いていないことに気づき、独立した。趣味は、ひとり飲み歩きとノラ猫の写真を撮ること。好きなものは年老いた女将のいる居酒屋。

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