フリーランスの夢?「ひとり株式会社」の大きなデメリットと小さなメリット

会社を作って間もないころ。同じフロアの別会社の人に撮ってもらった
会社を作って間もないころ。同じフロアの別会社の人に撮ってもらった

会社を辞めて独立したのを機に、自分ひとりだけの「ひとり株式会社」を設立して、10年近くが経ちました。今のところ、メリットは、ほとんどありません。フリーランスとして活動する場合、多くの人は「個人事業主」になります。しかし筆者が選んだのは、法人化(会社を作ること)でした。

本やネットでは「売上が○○○万円以上になったら、税金を抑えるため法人化したほうがいい」といったアドバイスを見かけます。しかし筆者は、そうした条件を満たしたことがないため、メリットらしいメリットがなく、設立のための手続きを含め、むしろ「いろいろ面倒くさい」というデメリットを感じることのほうが多いです。

会社設立の手続きを全部ひとりでやった

7年間働いた会社を辞めたのは、当時流行り始めていたスマホアプリを作って売ろうと考えたからでした。なんの根拠もないのに、アプリを1本リリースすれば3年くらい食べていけるだろうと考えたのです。

一方で、会社員時代に出世とは無縁だったこともあって、肩書きに対する憧れがありました。会社を作れば、自分が「代表取締役」、つまり社長になれる。そう気づいて外部のアプリ制作会社に開発を進めてもらっているあいだに、株式会社を作ることにしました。

息苦しく感じていた会社員生活から解放された喜びもあって、会社のルールブックである「定款(ていかん)」作りをはじめ、法人化の手続きすべてを、ひとりでやりました。定款の認証のために、生まれて初めて公証役場に足を踏み入れたのもこのときでした。

資本金は300万円。1円でもいいのですが、少しカッコをつけてみました。ただし、ほとんどは「現物出資」です。たとえば、自分のノートPCを会社に「出資」します。このノートPCに10万円の価値があれば、資本金に10万円を加えることができるのです。これを積み重ねていきました。

また、会社を作る際には、まずオフィスを用意する必要があります。必要があるのですが、オフィスを借りようとすると、不動産屋に「会社を作ってから来て」と言われ、困りました。まさに「無限ループ」です。

今なら、法人登記ができるコワーキングスペースが利用できますが、当時はありません。自宅は賃貸アパートで、会社員時代に契約したものでした。オフィスとして使えば、大家さんに会社を辞めたことがばれて、出ていけと言われるのではないかという恐れがありました。

結局、自治体がベンチャー企業向けにやっていた、庁舎の空き部屋を貸す事業に応募。書類審査や事業計画のプレゼンを経て、オフィスを確保しました。

本やネットで調べながら作った「定款」

その後、法務局で登記をして、ひとりだけの株式会社ができました。手続きに時間がかかってしまい、会社の設立日がなんの思い入れのない日になったことも、今ではいい思い出です。

社名は「株式会社たちこぎライダー」。自転車を立ちこぎする少年のように、全力で突っ走るさまをイメージして付けた名前です。あまり悩まず直感的に決めたのですが、何年経っても自転車屋さんに間違えられたり、銀行や役所で名前を呼ばれるときにめちゃくちゃ恥ずかしい思いをしたりしています。

心のなかで開催する「ひとりぼっちの株主総会」

ひとり株式会社のおもしろいところは、「株主総会」をひとりでやる点です。総会を開くことは法律で決まっているので、やらないわけにはいかないのです。自分の心のなかで、社長であるボクと、株主であるボクとで熱い議論をかわして、採決。議事録を残します。

なお、肝心のスマホアプリは無事リリースできたものの、絵に描いたような「鳴かず飛ばず」。開発費をギリギリ回収できたあたりで1本も売れなくなりました。会社の設立からわずか半年。完全に行き詰まったのです。

筆者は当時、30代前半でした。当然、「再就職」という選択肢もありました。しかし不思議なことに、このころには会社に愛着をいだき始めていました。「法人」というだけあって、会社が自分とは別の人格を持った存在に思えていたのです。せっかくだから、もうちょっと続けてみようかな……。そう考えて、会社の方針を受託中心に切り替えました。結果、ひとり株式会社のフリーランスができあがったのです。

気がつけば、会社の設立から9年もの歳月が経過していました。この間には、「うちの社員にならないか?」と誘ってもらったことも何度かありましたが、すべてお断りしました。承諾していれば、経済的に潤っていたでしょうが、自分の会社という「恋人」とは別れがたかったのです。はたから見れば、筆者と筆者の会社には、心中場所を探すカップルのような哀愁が漂っているかもしれません。しかし、「これはこれで性に合っているな」とも思うのです。

むしろ狭くボロくなった現在のオフィス

そして、長い時間をかけて、ようやくひとり株式会社の利点を見つけることもできました。ひとつは、取引先の信用が増すことです。筆者としては「会社であろうとなかろうと、『自分ひとり』であることに変わりないのになぁ」と思うのですが、「法人であれば」と話を聞いてくれたり、契約してくれたりする場合があるのです。歴史のある会社や、大きな会社にこの傾向があるようです。

もうひとつは、一種のプライドを持って仕事ができることです。取引先の人とやりとりするなかで、「それはちょっとおかしいのでは?」と感じることがあったとき、「でも、立場はこちらのほうが弱いから」と遠慮する必要がないのです。

契約しているのは人と人(取引先の社員と筆者)ではなく、会社と会社(取引先の会社と筆者の会社)。そう考えると、取引先と対等に向き合えるのです。この点については、フリーランスとして働く人それぞれの性格にもよるでしょうが、筆者にとっては意識が大きく変わるきっかけとなりました。

これらは、会社を作ったり維持したりために費やした時間やお金のことを考えると、本当にささやかなものですが、実際にやらなければわからなかったことです。もはや筆者と「くされ縁」になったひとり株式会社は、こうして今日もなんとか生きながらえているのです。

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土井大輔 (どい・だいすけ)

ライター。小さな出版社を経て、ゲームメーカーに勤務。海外出張の日に寝坊し、飛行機に乗り遅れる(帰国後、始末書を提出)。丸7年間働いたところで、ようやく自分が会社勤めに向いていないことに気づき、独立した。趣味は、ひとり飲み歩きとノラ猫の写真を撮ること。好きなものは年老いた女将のいる居酒屋。

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