働きながら100カ国を旅した「リーマンパッカー」に旅の極意を聞く

「就職すると旅行に行けなくなる」――旅好きの人なら一度は言われたことがあるでしょう。でもそれは本当なのでしょうか。今回インタビューに登場する佐瀬秀明さん(39)は、大手ビールメーカーに勤めながら100カ国への訪問を達成したという旅の達人。日常と非日常をどのようにして両立し、旅を続けてきたのでしょうか。

「失恋」がすべてのはじまりだった

――旅を始めたキッカケを教えてください。

佐瀬:大学3年の夏のことです。失恋したのをきっかけに北へ向かったんです。仙台、岩手、山形と鉄道でまわる3日間の旅。移動中の流れる景色とか見知らぬ土地の風景とか、食べ物に魅せられてしまって。以降、卒業までの間に四国以外の都道府県をすべてまわってしまいました。

――大学3年までは旅行をしていなかったんですか。

佐瀬:そうです。親がもともと厳しかったし、興味もなかった。旅行をテーマにした本から興味を持つといったこともなかったですしね。

――初めての海外はいつですか?

佐瀬:2002年2月に出かけた卒業旅行の韓国です。国内と同じようにソウルや釜山を鉄道でまわりました。

――大学卒業時には、海外は1カ国だけだったのですか! 驚きました。学生のころから旅行に行き始め、社会人になるころにはすでに10カ国以上というケースを想像していました。

佐瀬:翌2003年にANAの上級会員になってからは、ちょくちょく行くようになりました。初めてひとりで出かけたのは、その年に行った6カ国目の、シンガポールからマレーシアへの鉄道旅。もともと僕はひとりで過ごすのが好きな性格なので、やってみたらひとり旅が性に合っていたんです。現状を把握するのも、決断し行動するのも自分ひとり。そうした旅の日々が刺激的で面白かった。

(撮影:斎藤大輔)

――そうやって、どんどんと旅にのめり込んでいったというわけなんですね。

佐瀬:そうです。行ったところのない場所へ行きたい、非日常を味わいたいという好奇心がどんどん強くなっていったこともあって、どんどんとひとりで海外へ出かけていくようになったんです。

――多い時で、年に10数カ国をまわっておられるようですね。しかも会社員を続けながら。どうやればそんなにたくさん旅行ができるのでしょうか。『釣りバカ日誌』のハマちゃんみたいに、社内である意味一目おかれてるんでしょうか(笑)

佐瀬:いえいえ。会社に迷惑がかからないよう、仕事は精一杯頑張っていますから(笑)。旅をする時期ですが、会社に迷惑がかからないようにしています。主に5月と8月。ゴールデンウィークとお盆という、皆が休む時期に有給を1日2日付け足して旅行しているんです。だけど、そんなにコストはかからないです。旅行1回の目安は10万円。チケットを買って行く場合でも13、4万円まで。先日出かけたオーストラリア~ニュージーランドなんて、総額6万円でしたからね。

――なぜそんなに安く行けるのでしょうか。

佐瀬:スターアライアンスなど、航空会社のマイレージを利用しているからです。加盟している航空会社のフライトを利用すればマイレージが貯まり、マイルに応じて、無料航空券がもらえるんです。だから繁忙期かどうか気にせず、出かけられるんです。

――旅の準備はどうしていますか。

佐瀬:だいたい1年前には航空券は押さえますね。その時点では、詳細を決めずふんわりとだけ計画を考えて、塩付けにします。3、4ヶ月前に再検討して本格的にルートを決定しますね。

(撮影:斎藤大輔)

――現地ではどんなところへ行くのでしょうか。

佐瀬:こだわっているのは、有名観光地への訪問です。限られた日数での旅行ですから、面白いかどうかわからない穴場を訪れるために時間を割く余裕はありません。逆に有名観光地ならば、行ってがっかりしたとしても、有名観光地へ行ったということでの満足はありますからね。

――泊まるのはどんなところでしょうか。

佐瀬:個室タイプで交通のアクセスがよく、安いに超したことはないですね。以前は出たとこ勝負で、行ってみたらどこも満室だったということもありました。最近では「エクスペディア」などでネット予約してから出かけます。

「1年後に旅の予定を入れておくと頑張らなきゃって思える」

――100カ国を意識したのはいつごろですか。

佐瀬:国の数を明確に意識し出したのは2008年の年末、50カ国目でブルネイを訪問したとき。これだけまわったんだったら、せっかくなら3桁をめざしてやれって思ったんです。行けば行くほど難易度が上がっていく傾向がありますけどね(笑)

――印象深かったのはどこですか。

佐瀬:イスラエルには銃を持った兵士が街中をたくさん歩いていて、ぎょっとさせられました。その分安全でしたけどね。その他だと、店に鉄格子がはまっている南アフリカのケープタウン、海が美しかったキューバのパラデロとか、モルディブとかですね。

――これまでに危険な目に遭ったことはありますか。

佐瀬:ベトナムで白タク(無許可営業のタクシー)とわからずに車に乗ったら、途中でヘンな輩が乗ってきて、全然違うところに連れて行かれました。あの時は停車したときドアを開けて「ヘルプ」と叫びながら走って逃げましたね。

白タクといえば中央アジアのウズベキスタン~カザフスタンの国境でもヒヤッとさせられました。他の旅行者同様、値段を合意した上で乗り込んだら、何もない荒野で停められて、「その額ならここまでだ」と言われたんです。帰りの飛行機に乗れなかったら大変なので結局、払っちゃいましたけどね。

あと、大晦日に訪れたインドネシアではどこもホテルが満室で、困っていたら、現地の人が「私のところに泊まりなさい」と言ってくれたことがありました。不安だったんですが、結果的には大丈夫でした。

(撮影:斎藤大輔)

――旅をすることで得たものは何かありますか。

佐瀬:視野が広がっていくのを実感しますし、あれもこれもと、逆にもっと行きたいところが増えていきます。ただし3桁訪問という目的を目指しているので、なかには全然魅力を感じないけども訪問国を増やすためだけに行くという国もありましたよ。

致命的なトラブルに遭っていないから言えるのかも知れないですけど、トラブルに対処し乗り越えるたびに、RPGじゃないですが経験値がたまってレベルが上がっていくような気がしました。

――100カ国達成したわけですが、今後の目標はありますか。

佐瀬:2020年のオリンピックの時期には、南米をまとめてまわりたいと思っています。珍しく10日以上休みが取れそうですから。でも普通に行ける国だけでいいんです。極端に政情が不安定だったり、内戦をしているような国へ足を延ばすつもりはありません。そうすると大体120カ国ぐらいが限度でしょう。

120カ国に達したら、その後は、すでに行った国のなかで、もう一度行きたいと思う国を再訪していきたいです。たとえばイタリアとかトルコとか。これらの国は古代や中世を問わず有名な遺跡が多数あり、カッパドキアなど他に類を見ない風景やヴェネツィアのような美しい水上都市があり、とさまざまなジャンルの見どころがとても多く、いわば旅行のデパートのような趣なんです。

――最後に、読者にアドバイスをお願いします。どうすれば会社員でも旅に出やすくなりますか。

佐瀬:普段から仕事を頑張って、職場との間で信頼関係を作っておくことです。組織にいると、組織に従わないといけない。もちろんやりたくない仕事のほうが多いわけです。それでも、1年後とかに旅の予定を入れておくと、自分は楽しいことをするんだから頑張らなきゃって思えるんですよ。

        ◇

現在は働き方改革の影響で、以前に比べて休みが分散する傾向にあります。そのためゴールデンウィークでもお盆でも安い航空券が取りやすくなってきました。会社勤めをしている皆さんも、佐瀬さんのように海外へ飛び出してみるのはいかがでしょうか。

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西牟田靖 (にしむた・やすし)

ライター。日本の旧植民地に残る日本の足あと、領土問題や引揚など硬派なテーマに取り組んでいるうちに書斎が本で埋まる。最新刊は『子どもを連れて、逃げました』(晶文社)。そのほかの作品に『僕の見た大日本帝国』『誰も国境を知らない』『本で床は抜けるのか』『わが子に会えない』『極限メシ』『中国の「爆速」成長を歩く』など多数。

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