NYで英語落語のロングラン公演中 カナダ出身の落語家・桂三輝さん

落語家・桂三輝さん(撮影・市川紗織)
落語家・桂三輝さん(撮影・市川紗織)

カナダ・トロント出身の落語家、桂三輝(さんしゃいん)さんは、昨年9月からニューヨーク・オフブロードウェーの劇場で、落語のロングラン公演を続けています。三輝さんはトロント大学で古典演劇を学び、在学中から劇作家、作曲家として活動していました。能楽や歌舞伎に興味を持ち、1999年に来日。当時住んでいた横浜で目にした落語に惚れ込み「このために生まれた」と確信したといいます。2003年からは英語落語の活動を始めました。そして桂三枝(現・六代桂文枝)の噺(はなし)を聞き、再び落語に惚れ直し、08年に弟子入り。「桂三輝」と命名されました。英語で落語の魅力を伝えています。

オフブロードウェーでの公演は当初、今年1月までの予定でしたが、好評なため、現時点で4月いっぱいまで延長されています。三輝さんにとって、ニューヨークでの公演はどんな意味を持つのか聞きました。

 

ショーとしての落語の可能性

(撮影・市川紗織)

――2年ほど前(2017年11月から12月)にも、ニューヨークのオフブロードウェーの劇場(ソーホープレーハウス)で落語の公演をされましたが、今回の公演とは何が違うのですか?

三輝:ニューヨークでの落語のロングラン公演は6年前から考えていました。2年前の公演もロングランでやりたいと考えていましたが、公演する劇場が売られることになったり、いろいろな事情が絡んだりしたため、イントロデューシング(紹介・導入)落語という形で、3週間の期間限定公演になりました。その後もロングラン公演ができる劇場を探していましたが、いい劇場を見つけるまでに時間がかかりました。

ロングラン公演をするためには、期間を決めずに、公演がうまくいったら半年、1年といった具合に延長する「Open ended」という契約を結べる劇場を探すことになります。大きな劇場ではあるのですが、落語に合うサイズの劇場ではなかなかない。それに、いいところは既に使われているし、サイズ的に劇団が所有する劇場が多いのですが、契約しても劇団が使うときに絶対に出なくてはいけなくなります。

今回のNew World Stagesで公演できるようになったのは、ステージの一つ(同じ建物内に五つステージがある)で、10年以上続いている子供向けのショー「The Gazillion Bubble Show」が公演しているのですが、彼らが使っていない木曜日と土曜日の夜に使ってもいいよ、という話をもらったからです。立派で知名度のある劇場ですし、同じ建物の中でトニー賞を受賞したミュージカルもやっているんです。そういうポスターの横に、落語のポスターが並んで貼られるのは、落語のためにもすごく良いこと。時間はかかりましたが、待っていてよかったと思いました。

落語中の桂三輝さん(本人提供)

――ニューヨークでの公演にこだわる理由は何ですか?

三輝:世界中の人に落語を見せたいのなら、まずはニューヨークで評価を得ないといけないからです。ニューヨークはライブパフォーマンス、コメディー、ミュージカル、芝居といった舞台芸術においては世界でも最高の場所です。観客は、世界中から集まり、ショーに対する知識もあるし、目が肥えています。だから世界への口コミの力も半端ないですし、ここで評価を得たら、その後に世界中の劇場を回るといった可能性や、コメディー番組に出るといったチャンスも生まれます。舞台芸術において、こうした可能性がある場所はニューヨークとロンドンしかありません。

私は、もともと劇作家をやっていて、トロントでは18カ月のロングラン公演も経験しました。その時からニューヨーク、ブロードウェーで活動する可能性を意識しながら生きてきました。落語家になったときに、いったんその考えは諦めましたが、海外で落語の公演をするようになって、どこに行ってもお客さんが笑ってくれるのが分かって、落語をショーとしてニューヨークに持っていけば、評価を得られると考えるようになりました。ただ、海外での落語公演の多くは文化の紹介が目的で、1、2回で終わってしまうものだったので、ショーとして一定の評価を得るには期間限定ではなく、ロングランで公演を続ける必要がありました。

世界の劇場を回るためのステップ

(撮影・市川紗織)

――ニューヨークの公演はゴールではなく、次のステップということですね。

三輝:パフォーマーとしてニューヨークの舞台での活躍がゴール、夢だと言う人も多くいます。ここを超える舞台はなかなかないですから、それは分かります。ただプロデューサーとしては、ゴールではなくて、あくまで大きなステップ。ここから空に飛ぶというか、世界のいろいろな劇場を回るほうがビジネスとしてはいいわけです。そういう意識は劇作家の経験があるから持てるのかもしれません。

ニューヨークで落語のロングラン公演をやるのは、お金と努力と時間はむちゃくちゃかかります。プロデューサーとしてお金を集めるのが私の仕事ですから、それを実現させるために6年間、今もですが、ニューヨークと日本の間を毎週のように行き来してきました。日本にも、アメリカにも会社を作り、プレゼンをして投資を呼び掛けて、少しずつお金を集めています。ニューヨークで落語の公演すること自体は、私にしかできないとは思ってないんですよ。英語ができる日本人の落語家はいっぱいいますから。ただ6年も、こういうクレージーなことを、人生賭けてやり続けることは、私にしかできないことかもしれないですね。

公演は4月まで延長しましたが、目標は2020年の終わりまで続けること。すでに評論家たちが、すごくいいことを書いてくれていて、ここまでやってきた価値は感じています。そして実はツアーはもう始めようと思っていて、さらに3月からロンドン・ウェストエンドの劇場で月1回の公演も始める予定です。

落語家の粋とは

(撮影・市川紗織)

――公演が増えれば増えるほど、プロデューサーとしてだけでなく、ひとりしかいないパフォーマーの三輝さんも多忙を極めますね。

三輝:忙しいのは全然構わない。私は舞台の上が一番楽しいんです。また舞台に上がっているときが一番安らぐ時間。200人、300人のお客さまを前に笑わせているときが、一番、三輝らしい時間だと思っています。

――舞台の上がる前にはどんな準備をするのですか?

三輝:10年以上落語をやっているから、準備はいつでもできていますよ。舞台の直前に、集中する時間が必要とか、俳優だったら「Get in character(役に入る)」が必要だと言う人がいるけど、いらないですよ、その準備。日本でも、落語家は、楽屋で他の落語家さんと話していて、出ばやしが鳴ったら「先に勉強させていただきまーす」と、お客さまの前に出ていくのが普通です。

私が師匠の前座で出させていただいたときのことです。舞台袖に戻ったら師匠が「おまえの落語こうだった」と指導してくださいました。それで師匠はそのまますっと舞台に出ていって、どかんどかん笑いを取っている。15秒前まで私の指導をしていたんですよ。それが落語家の粋ですよ。

お客さまは毎回違いますから、準備のしようがない。そのときどきで、話し方のリズムを変えたりはします。サーフィンみたいに、どんな波が来るか分からないけど、うまく乗るのに近いですね。サーフィンやったことないから想像なんですけど。どの波も同じ波ではない。お客さまも全く同じ人は集まらない。それで、うまくいくときも、いかないときもあります。

ただ、どこに行っても、お客さまはお客さま。よく聞かれるのは、国によって笑いのツボが違うの? とか、どの国のお客さまが一番ウケますか? ということ。言葉や場所での違いはありません。今日のニューヨークと明日のニューヨークでもお客さまは違うわけですから。

この記事をシェアする

「ひとり仕事」の記事

DANROクラブ

DANROのオーサーやファン、サポーターが集まる
オンラインのコミュニティです。

もっと見る