「飲食店はお客さんを喜ばせるコメディだ」役者が営むホワイトカレー店
数多くのカレー店が立ち並ぶことから「カレーの聖地」ともいわれる東京・神保町。この街に、劇団の役者が営むユニークなホワイトカレーの店があります。大通りを少し入った路地裏にひっそりとたたずむ「チャボ」です。
店主の根岸雅英さん(41)によると、チャボの創業は65年ほど前。「初代店主のニックネームに由来する店名を変えなければ、どんな営業をしてもいい」というルールで代々続いてきました。かつては洋食屋やバーを営んでいたこともあるそうです。
根岸さんが店主になったのは2005年。高校卒業後、アルバイトをしながらいくつかの事務所や劇団を渡り歩いたあと、劇団「神田時来組」に入ったのがきっかけです。劇団がチャボを運営していて、店主をやってみないかと声をかけられました。
根岸さんが店主になった当初は、カレー店ではなく、焼酎バーを経営していました。神保町で働く出版関係の人々で賑わいましたが、不況の影響で客足が減ってしまい、昼の営業を始めることになりました。
カレーに目をつけたのは、ひょんなことから。「日本ハムのファンだったので、北海道によく応援に行っていたんですが、空港の売店でホワイトカレーが売られているんです。それにピンときました」
ホワイトカレーとは、クリームソースをベースにした白いカレーで、北海道が発祥の地とされます。一見すると、ご飯にシチューをかけたようですが、実はピリッとした辛さがあります。れっきとした「カレー」なのです。
根岸さんは神保町に集まるカレーの名店を食べ歩いて、味を研究。独自のホワイトカレーに仕上げました。「お客さんは一度は珍しがって来てくれるかもしれない。でも、2回目以降も来たいと思わせるには、おいしいカレーを作らないといけないと思っていました」
チャボのホワイトカレーは、煮豚、海老、彩り野菜の3種類。それぞれルーの味を少し変えています。特にこだわりがあるというのが、横浜の中華街から取り寄せた濃厚な海老味噌。海老のホワイトカレーに隠し味として入れています。「ホワイトカレーでは辛さが物足りない」という人向けに、キーマカレーもあります。
店のアルバイトは、ほとんどが劇団員です。全員が違う劇団に入っているため、シフトが重ならないといいます。ランチタイムはキッチンとホールに1人ずつ、計2人でまわしています。
根岸さんは「アルバイトの子の舞台を見ると、お客さんの意識がころっと変わる。それを見るのが面白い」と語ります。
「店で話をしているだけだと『バイトの子が演劇をやってるんだね』とくらいにしか思っていない。でも、一度公演を見てしまうと、『あの芝居に出ていた子が接客してくれているんだ!』と思うようになるんです」
アルバイトのひとり、黒木界成さん(26)も役者です。ミュージカル系の舞台を中心に活動しています。熊本出身の黒木さんは、福岡の短大を卒業後、23歳で上京して舞台の世界へ。「シフトは公演の都合に合わせて柔軟に対応してくれて感謝している」と笑顔で語ります。
「役者活動と飲食店の経営で共通することがある」と根岸さんは話します。昔、ある先輩に「コメディの訳語は『喜劇』だ」と言われました。その言葉を聞いて、根岸さんは「お客さんに喜んで帰ってもらうこと」が役者の仕事だと気づいたのです。
「飲食でも同じこと。『こんな白いカレーがあるんだ』と喜んで食べてくれる。これは言ってみれば、喜劇をやってるつもりなんです」