「まるでジャズの即興演奏」ブラジルの格闘技「カポエイラ」に魅せられた男

ブラジル生まれの格闘技「カポエイラ」。この競技にのめりこみ、プライベートな時間の8割をカポエイラのために費やしていると豪語するのが、東京都在住のITエンジニア・トシックさん(仮名・39)です。
「カポエイラについて話を聞かせてほしい」と連絡をとると、トシックさんから「逆立ちが30秒以上できるようになったら来てください」と返事がありました。もちろん冗談でしたが、彼のカポエイラに対する思いの強さがわかるひとことでした。
カポエイラの何がトシックさんを惹きつけるのでしょうか。そもそも、カポエイラって何なのか。カポエイラのために逆立ちはどう役立つのでしょうか。

ブラジル生まれの「カポエイラ」とは何なのか?
「カポエイラをひとことで言うと『高度なじゃれ合い』です」。トシックさんは、そう教えてくれました。「ただ、カポエイラは都内だけでも10以上の団体があって、プロフェソール(先生)やカポエイリスタ(競技者)によって考え方が異なります」。
ゆえに、そもそも格闘技なのか、スポーツなのかという捉え方も変わってくるのだとか。「私自身は、『格闘技寄りのスポーツ』として捉えています。本国ブラジルでは相手の身体に強く当たったり、のど輪や目潰しといった攻撃があったりするのですが、私の知る限り、日本ではそこまでやりませんから」。
聞けば聞くほど、カポエイラがわからなくなってきます。そこで、実際のレッスン風景を見せてもらうことにしました。トシックさんが所属するのは『アシェーダバイーア』という団体。この日はトシックさんのほか、先生と4名の女性が参加していました。
柔軟体操に続いて、レッスンが始まりました。足を前に蹴り出し、身を低くしたまま移動。その後は相手を前に、回し蹴りをしたり、側転のような動きで避けたりします。「なるほどこれがカポエイラか」と、少しわかった気がしてきましたが、これはまだ入り口にすぎませんでした。

目の前で繰り広げられる「高度なじゃれ合い」
休憩をはさんだのち、レッスン生が太鼓やビヨンビヨンと鳴る不思議な楽器を持ち出すと、皆で歌い、奏でだしたのです。
やがてその前に出た2人が、さきほどのように蹴ったり避けたり、ときには逆立ちの応酬があったりと、互いに技を繰り出します。これはカポエイラの「ホーダ」という競技。たしかに逆立ちができたほうが、見せ場を作れそうです。
ただ、この「ホーダ」、当然ポイントや勝敗があるのかと思いきや、「ありません」との返事。「しかしやっている人は互いに『勝った負けた』がわかっています」と、トシックさんは言います。「やってみるとすぐ、『この人、自分より上手(うわて)だ』とわかりますよ」。

しばし、この「ホーダ」を見ているうち、トシックさんが「高度なじゃれ合い」と表現した意味がわかってきました。皆の前で空手の組手のような応酬をする2人の間には、無言のコミュニケーションが成り立っているように見えてくるのです。
トシックさんは言います。「学生時代、ジャズ研究会に入っていたのですが、カポエイラはジャズのインプロビゼーション(即興演奏)に似ています。対戦相手との掛け合いがあって、ゆるい決まりごとがあるなかで自分を表現する。そして、試合後にはいい演奏をしたような気持ちになれる。そういうところが気に入っています」。
そんなカポエイラに、トシックさんが出会ったのは約10年前のこと。「それまでバスケをやっていたのですが、社会人が10人も集まるのは難しい。だったら1人でやれるものと考えて、『中野区 格闘技』で検索したことがきっかけです」。
そのとき表示された団体で約1年レッスンをしたあと「野良カポエイリスタ」としていろんな団体で練習を積んだトシックさん。3年前に「先生の教え方が合っていた」という理由で、現在の団体に入りました。

本場ブラジルで1カ月間「カポエイラ修業」
そんなトシックさんの生活はいま、カポエイラを中心に動いています。「月・水・金は仕事が終わったあと団体のレッスン、火曜と木曜はカポエイラで使うビリンバウやパンデイロといった楽器や歌の練習、そのためのポルトガル語の勉強にあてています。また、毎朝30分、公園でひとり朝練をしています。前の会社を辞めてから転職までの1ヶ月間は、本場ブラジルで修業していました」。
もちろん、すべてのカポエイリスタが、トシックさんのような毎日を送っているわけではありません。「カポエイラはレッスンだけという人もいますし、月に1回、あるいは半年に1回しか来ない人もいます。30代後半の人が多く、事情もさまざまでしょうから、そこは人それぞれでいいと思います」。
そんななか、カポエイラを生活の中心に据えているトシックさん。ある変化を感じているそうです。「仕事を早く終わらせるモチベーションが高くなり、時間を有効に使うことを意識するようになりました。また、達成したい動きを研究したり楽器を練習したりと、頭をよく使うようになったと思います」。
そう言って笑うトシックさんは、「体力づくりの一環」として、今日も自宅から職場まで10数キロの道のりを自転車で往復しています。
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