「坂本ちゃん」が夢みる原色の世界 『ラジオ深夜便』を聴きながら

今年4月、解体されることが決まった東京・神楽坂の住宅で、お笑いタレント・坂本ちゃんの個展が開かれました。会場は、坂本ちゃんがそれまで8年暮らした自宅。訪ねてみると、8畳ほどの部屋の壁いっぱいに原色を多用した似顔絵が展示されていました。訪れる人は皆、その光景に圧倒されます。

坂本ちゃんが有名になったのは、約20年前のバラエティ番組『進ぬ!電波少年』。お笑い芸人が東大合格を目指す企画で一躍人気者になりました。その後、どのようにして絵を描くようになったのでしょうか。その経緯を聞いているうちに、坂本ちゃんの「ひとりの時間」の過ごし方が見えてきました。

絵を描くだけでなく、お墓を歩いてみたり、暗渠(あんきょ)をめぐってみたり。お金をかけずに「ひとり」を楽しむ方法が無数にあることを、坂本ちゃんは知っているようです。

きっかけは酔った人の顔が「柔らかくなるように見えた」こと

ーー個展の会場となったこの家には、ひとりで住んでいたのですか?

坂本:人生は基本ひとりなんです。ひとりがすごく楽しくって。人といるとストレスを感じちゃうタイプなんです。ひとりだと表情を作らなくていいじゃないですか。誰かといるときは、何らかの表情を作っているんです。だから東京が一番ですね。地方だと人の目がありますから。

ーーここには約200点の絵があるとのことですが、どんな経緯で描き始めたのですか?

坂本:新宿のゴールデン街にある友達のバーで、毎週お店番をしてるんです。この個展は、そこに来るお客さんを描いたイラストの展覧会なんです。飲み屋なんで、皆さんアルコールを摂取なさるじゃないですか。すると、人の顔が柔らかくなるように見えるんです。「あ、この顔を残せないかな」と思ったのが最初で。もともと絵が好きでしたから、これをスマホで撮っておいて、家で絵にするのも楽しいかなと思って、去年から描き始めたんです。

ーーこれだけの作品を、たった1年で描いたということですか?

坂本:そうなんです。 最初の1枚を描いたとき、モデルの方にLINEで送ったんですよ。そしたらすごい勢いで喜んでくれて。「えっ、この程度の絵でそんなに喜んでくれるの?」って、こっちまで嬉しくなりまして。それで快感を覚えて、次から次へと描いちゃいましたね。

坂本ちゃんの自宅だった個展会場前で。建物は5月末に取り壊された(撮影・齋藤大輔)

色を塗り重ねる夜には、『ラジオ深夜便』が合う

ーー1枚を仕上げるのに、どれくらい時間をかけるのですか?

坂本:下描きでその人に似せるまでは、すごく時間がかかることがあります。下手すると1週間かかったりとか。逆に自分のなかで描きやすい人だと、ものの数分で下絵ができちゃったりするんです。そこまでできるとあとは色を塗るだけなので、30分から1時間くらいでできちゃうんです。

ーー時間がかかるかどうかは、その人との付き合いの長さが関係するのでしょうか。

坂本:不思議なんですけど、すごく接点が近いとか親密な人は逆に描きにくいことがあるんです。以前マネージャーさんを描こうとしたんですけど、『電波少年』からずっと接点のある人なので描けませんでした。それから、色気付くとダメですね。事務所の後輩に音楽をやっている子がいて、「音楽配信のジャケットに使いたいから」と言われたときは「これは世にでるものだ」と色気付いて、描けなくなっちゃった。

ーーこれだけの数を描きあげるのは、大変だったんじゃないですか?

坂本:すごく幸せな時間でした。特に夜。お隣が町工場だったので昼は音がするんですけど、夜になると「ここはほんとに新宿なのか?」っていうくらい静かになるんですね。そういうとき、NHKの『ラジオ深夜便』ってご存知ですか? あれがいいんですよ。ほら、NHKだからアナウンサー、番組では「アンカー」っていうんですけど、日本語が綺麗なんです。しゃべりが緩やかで、かかる音楽も私の世代のものが多くて。それを聴きながら色を塗りました。

ーー道具はどんなものを使っているのですか。

坂本:ポスカ(水性サインペン)と色鉛筆です。絵の勉強をしたことがないので道具がわからず、たまたまポスカで描いたとき「あ、これじゃん」と思って。最初にポスカで塗って、次に色鉛筆で塗り、またポスカを塗り重ねるんです。ムラがあるのがイヤで。ときどき「パソコン使って描いてるんですか?」って言われるんですけど、パソコンでの描き方はわからないんです。

キース・ヘリングやジョルジョ・デ・キリコの絵が好きだという坂本ちゃん

夜歩きにハマって、墓めぐりにハマって、都庁にもハマって

ーー絵を好きになったのは、なにかの影響ですか?

坂本:子供のころは友達がいなくて、学校が終わったらすぐおうちに帰ってくるような子だったんです。家でずっと絵を描いているみたいな。絵を描くことによって、いまと同じように我を忘れるというか。そこからのスタートでしたね。

ーー友達がいないから絵を描くことにハマった、と。

坂本:故郷・山梨のクラスメイトだったという男の人と女の人が来てくれたんですけど、わたくし、中学校でも友達がいなくて。ですから、思い出の共有もなく「はじめまして」の状態だったんですね。で、いろいろ話をしたら、自分でシャットアウトしてひとりになっていたというのが、この年齢になってわかりました。だからといって、自分の人生が悲しかったとかいうのはないんですけどね。

ーー自分で選んで「ひとり」になっていたんですね。

坂本:それを恥じるわけでもなく、です。絵もそうですけど、徘徊するのが好きで。町歩きとか夜歩きとか、お墓めぐりとか大好きなんです。雑司が谷とか護国寺とか、いいお墓がありますよ。そういうところを夜ひとりで歩く。著名人の墓をめぐる「墓マイラー」なところもあるんです。ひとりでやれる趣味がてんこもりにあるタイプなんです。しかもお金をかけずに。

ーー「お寺」ではなく、「お墓」をめぐるんですね。

坂本:お墓です。著名人のお墓を探すと、見つけ出したときの快感があるんです。江戸川乱歩が好きで、『少年探偵団』シリーズの小林少年に憧れていて。尾行とか大好きだったんですよ。好きな人の家を探しあててみたりとか。

個展会場を探しているときに自宅の取り壊しが決まり、「ここでやっちゃえ」と動いた

ーー暗渠(あんきょ)も好きだとうかがいました。

坂本:あちこちに暗渠がございまして、そこにはもともと川があった。そういうところを歩いて写真を撮る。好きですね、想像をめぐらせるのが。ここは川だったんだとか、「周りはどうなっていたんだろう」というイマジネーションといいますか。

ーー本当にいろんなことをやっていますね。

坂本:都庁にもハマったことがありまして。夜、自転車をこいで都庁に行くんですよ。なんだろ、人間ってすごいなって思っちゃったんですね。こんなものを人間が建ててしまうんだって。ちょっと落ち込んでいた時期だったんですが、都庁を見上げていたら風が吹いて、自分の重いものがブワーッと吹き飛ばされたんです。「あー! なんか気持ちいい」って。

「みなさん求めすぎなのかもしれません。過剰な愛を」

ーー寂しいと思うことはないんですか?

坂本:わたくし三兄弟の真ん中でして、父親に対して勝手にNGを出してたんですね。「親に愛されていない」って思うタイプだったんです。家族と一緒でもずっとひとりだなって感じていて。ですから東京に出て来てからも、ひとりが楽なんです。みなさん「ひとりが寂しい」とかっていうじゃないですか。「寂しいから誰かと結婚したい」とか。わたくしはこういう人種、同性愛者なんで結婚はないんですけど、誰かと一緒に生活したら逆に孤独を感じるタイプかもしれない。

個展を通じて、それまでほとんどなかったご近所づきあいが始まったという

ーー好きな人と暮らしても、孤独を感じるのでしょうか?

坂本:わたくし、これまでちゃんと付き合ったことがなくって。どうしましょう。もうそれが当たり前になってしまっている。だからいいんでしょうね、ひとりが。うまく言えないんですけど、わたくしは孤独だと思っていないし、いまでも自分の部屋が好き。部屋にいると母親の子宮、胎内にいるときのような感覚があって。自分の好きなものに囲まれているとか、好きな音楽をかけているとか、観葉植物を育てているとか、金魚を飼うとか……いいですよ。

ーー坂本ちゃんのように「ひとりを楽しむ」のは難しい、という人もいると思います。

坂本:みなさん愛を求めすぎなのかもしれませんね。過剰な愛を。腹をくくれば楽なんですよ。わたくしのような同性愛者はきっと、こういう人種だってわかった瞬間どこかで腹をくくっていると思うんですよ。オーバーかもしれないですけど、将来はずっとひとりだとか。だからいいんでしょうね。親との関係はうまくいかなかったんですけど、こういう人間、性格に育ててくれたことは感謝しているんです。内面は地味かもしれないけど、そういうことの裏返しで原色の絵を描いちゃう。こういう色が憧れなんでしょうね、原色が。最終的にこういう色にたどり着きたいみたいな。それが出ていると思います。わたくし、きっと。

この記事をシェアする

土井大輔 (どい・だいすけ)

ライター。小さな出版社を経て、ゲームメーカーに勤務。海外出張の日に寝坊し、飛行機に乗り遅れる(帰国後、始末書を提出)。丸7年間働いたところで、ようやく自分が会社勤めに向いていないことに気づき、独立した。趣味は、ひとり飲み歩きとノラ猫の写真を撮ること。好きなものは年老いた女将のいる居酒屋。

Twitter

このオーサーのオススメ記事

43歳のおっさん、100mを全力で走る!写真判定機で測ってみた!

新聞記者を辞めて俳優の道へ「カメ止め」出演の合田純奈さん「死ぬ直前に後悔したくない」

「10歳のころの自分が笑えるネタか」さかな芸人ハットリさんが大切にしていること

福島の「原子力災害伝承館」その周りには「なんでもない土地」が広がっていた

「いじりに負けたくない」冬でも「ホットパンツ+タンクトップ」で街を歩く理由

耳の聞こえない監督が撮った災害ドキュメンタリー「聞こえる人に心を閉ざしていた」

土井大輔の別の記事を読む

「ひとり生活」の記事

DANROクラブ

DANROのオーサーやファン、サポーターが集まる
オンラインのコミュニティです。

もっと見る