年収90万円でも「ハッピー」 32歳男子が過ごす「隠居生活」
たとえ月収が数万円でも、都会で楽しく暮らすことができる。身をもってそれを証明しているのが、大原扁理(おおはら・へんり)さん(32)です。大原さんが「ハッピー」と表現する生活は、週2、3日のペースで働いて、あとは気ままに暮らすというもの。彼は、これを「隠居」と呼んでいます。
東京で6年間の「隠居生活」を送った後、台湾に移住した大原さんですが、現地でもほとんど変わらない暮らしをしているといいます。大原さんは、そのような暮らしのどんなところに幸せを感じているのでしょうか?
「自分はいくらあれば生きていけるのか」
ーー「隠居」生活というのは、具体的にどのようなものですか?
大原:仕事のない日は、朝8時ぐらいに起きて、まず部屋の空気を入れ替えます。顔を洗って白湯(さゆ)を飲んだら、ラジオ体操をしてから朝ご飯。その後は自由時間です。お昼ご飯を食べたら自由時間で、夜ご飯を食べた後も自由時間。ほとんどが自由時間ですね。
ーー仕事はどうしているのですか?
大原:東京にいたときは週に2日、介護の仕事をしていました。いま暮らしている台湾では、旅行雑誌のライターをしていて、1カ月働いたら2カ月休んでいます。全体の割合としては、日本にいたときと変わっていません。
ーーなぜ、そんな暮らしを始めたのでしょうか。
大原:あまり深く考えていなくて、「働くのが嫌」というだけだったんです。意味は後からついてくるというか、理由は後からついてくればいいかな、というのもありました。
ーー「隠居生活」をして、変わったことはありますか?
大原:精神的に落ち着きました。不安がなくなりましたね。「隠居」する前は、自分はいくらあれば生きていけるのか、確かめたことがありませんでした。だから、お金は無限に必要だと思っていたんです。でも、実際に試してみたら年収90万円でも最低限、生きていけるってことがわかっちゃって。そうなると、不安になる理由がないんですよね。
ーー「いくらあれば生きられるのか」なんて、考えたこともありませんでした。
大原:私は、「自分が生きるのにどれくらいかかっているのか」を把握できない状態は、ストレスになると思っています。
ーー実際、大原さんは『年収90万円で東京ハッピーライフ』(太田出版)という本を書かれていますが、なぜ「90万円」なのですか?
大原:これは、私が快適だと思えるポイントが、90万円だったというだけです。たとえば、「もっと安くて狭い場所に住んでもいいな」となったら、さらに下げられるんですけど、私には90万円での暮らしがちょうどいいということですね。
ーーこれまで、普通に就職しようと思ったことはないんですか?
大原:高校を卒業するとき、気がついたら進学とか就職活動が終わっていたんです。どうしようかなーと思っているうちに終わっちゃった感じ。「みんな、すごいな」って思いましたね。私はコンビニのアルバイトを続けつつ、半分ひきこもりのような生活になりました。
ーーそこから家を出るきっかけになったのは?
大原:21歳のとき、旅に出たいと思い立ったんです。実家暮らしでお金が貯まっていたので、世界一周の旅に出ました。いまなら「お金をやるから行ってこい」と言われても絶対にやらないですけどね。やっぱり自分の家が居心地いいので。世界を旅したときもいろんな街に住んで、週に3、4日働いて、あとは古着屋をめぐったり、料理したり、本を読んだりという感じでした。そのときから生活は変わってないです。
ーー大原さんは、ご自身の半生を「乗り遅れ人生」と言っていますね。
大原:「乗り遅れ」ではあるんですが、「乗り遅れ」って「乗ってる」側からの景色ですよね。こちら側から見たら、「どうせいつかはこっちに戻ってくるのに、なんで『乗り』にいくんだろう?」という思いもあります。どっちがいいのか、わからないですけどね。
「孤独はそんなに悪いものじゃない」
ーー趣味や娯楽のために、もっとお金があればと思ったこともないんですか?
大原:お金はあればあったで使うかもしれませんが、なきゃないで、どういう風に楽しみを作り出すかってところに頭を使いますよね。だから困ることはないんです。自分の身の周りのことで、どう面白味を見つけ出すかは、すごくクリエイティブなこと。東京で、野草を摘んで料理したことがあるんですけど、それまで全然気づかないで素通りしていたのに、足もとに「楽しみが生えている」と思ったら、こんなお得なことはないっていうか。お金がないと楽しめないというのは、インチキだと思います。
ーー最低限必要なお金以外は、いらないんですね。
大原:本を出したことで、多くはないですが印税が入ってきました。そのときに考え方が変わったというのもあります。印税をいただいたとき、「このお金は自分のものじゃない」と思ったんです。いろんな人がお金を出して読んでくれたということなので、自分のところにいつまでも残しておいちゃいけないというか、早くいい形でお返ししたいという思いがあって。だから印税は「隠居」生活には1円も使わない、ということにしているんです。印税は、お世話になった方や社会へのお返しのために使うもの。それ以外のお金で生活できるのかということを確認したいですね。
ーーでも、ひとりでいることで孤独を感じることはないんですか?
大原:「孤独」って悪いという前提なんですよね、世間的に。それは私の感じている孤独とちょっとイメージが違うなと。そんなに悪いものじゃないと思っているんですよ。むしろ手放したくないとさえ思っている。気持ち悪い言い方をすると、孤独を感じている状態が「愛撫(あいぶ)」のように感じることがあるんですよ。ひとりでいることが、めっちゃ気持ちいい。
大事なのは、毎日悔いなく楽しく生きること。そのためにパートナーを作るとなったら当然やると思いますし、いまはたまたまひとりでいるのが楽しくて「隠居」になっていますけど、来年はどうなっているかわからない。「隠居」にこだわっているわけでもないんです。
ーー無理をしないように生きているということでしょうか。
大原:行動基準が「明日死ぬとしたら、今日何をするか」なんです。そうすると、会いたくない人に会う用事とか真っ先に切りますよね。行きたくない場所に行かなければならない用事も断る。そうすると、自分の周りにいる大切な人や場所に時間を使うことになるんですよ。
あとは、自分の気分を優先することですよね。そのときに誰かと一緒にいたいと思えば一緒にいるし。ひとりでいたいと思えばひとりで過ごすし。でも、そうはいっても社会生活があって、完璧にやろうとすると疲れるので、そのうち6割くらいができていればOKという気持ちでいると、まあまあハッピーでいられます。
<取材時、大原さんは「ご挨拶代わりに」と、スクラッチのくじをくれました。その購入費は本の印税から出しているそうです。これも大原さん流のおもてなしのひとつ。200円ほどのものなのに、それ以上の楽しみがつまっている感じがして、わくわくしました。大原さんはきっと、こうした楽しみを日々見つけながら暮らしているのでしょう>
大原 扁理(おおはら・へんり)プロフィール
1985年愛知県生まれ。25歳から東京で隠居生活を始める(内容は『20代で隠居 週休5日の快適生活』などで紹介)。31歳で台湾に移住。『年収90万円で東京ハッピーライフ』(太田出版)、『なるべく働きたくない人のためのお金の話』(百万年書房)の著書がある。