店員いない、鍵もない「無人の古本屋」 泥棒に盗まれないのはなぜなのか?
JR三鷹駅から徒歩15分。商店街の一角に、本棚だけが並ぶ店がある。壁際の本棚にいろんな本が置かれているだけ。店員の姿は見えない。
一度見ただけでは、ここが何なのかよくわからない。中に入って、説明書きを読んでみると、やっと、ここが何なのかわかる。
そう、ここは無人の古本屋なのである。あれだ、田舎によくある野菜の無人販売所のようなもの。あれを本に置き換えて想像してもらえればわかりやすいかと思う。いったい誰が、こんな酔狂なものを作ったのだろう。
ここは24時間オープンだし、扉には鍵もない。本が盗まれないのだろうか。夜に入ると、ちょっと怪しい気分も味わえたりして、なんだか、面白い空間だ。
これは、ひとりでふらっと入るのに最適な古本屋なのでは? そう思った僕はこれをつくった人が気になって、オーナーに会ってきたのだった―—。
本の代金は「ガチャガチャ」で支払う
オーナーは中西功(なかにし・こう)さん。普段は、サラリーマンをやりながら、副業としてこの無人古本屋「BOOK ROAD」を経営している。
「昔から本が好きで、本屋さんが出来たらいいなという気持ちはもともとあったんですけど、サラリーマンも凄く性に合っていたんですね。サラリーマンって凄く面白いんですよ。自分と全然違う人種の人に会えて。だから辞めたくないし、どうしようかと思っていたときに、思いついたんですね。田舎の無人野菜販売所を」
中西さんは、最初、募金箱でも置いておけばいいかと思っていたが、それだと味気ないので、ガチャガチャにおカネを入れて、回すと袋が入ったカプセルが出てくるという方式を採用した。
「そのほうがエンタメ性があると思って。ガチャガチャなら、みんな一度はやったこともあるだろうし。ガチャガチャは300円用と500円用を用意して、本は必ずどちらかの値段に統一してます。また、カプセルの袋に入れれば、ちゃんと買ったんだよという証明にもなる。そういう、お客さんが気にすることは、ちゃんとひとつひとつ潰していったつもりです」
お客さんが不要な本を置いていってくれる
気になるのは、泥棒に盗まれないのか、24時間オープンで不良のたまり場になってしまったりしなかったのかというところ。
「それがなかったんですよ。最初は周りに同じことを言われました。でも逆に、お客さんが本を置いていってくれるんです。しかもメッセージ付きで。特に引っ越しシーズンとかは、ダンボール箱で何箱も置いていってくれる人もいて。ムサビ(武蔵野美術大学)が近くにあるので、そういう系の本がわりと多いですね。僕は、お客さんからの買い取りや市場からの仕入れをしたことがないんです。ほとんど、善意の寄付で賄われています。ほんと、ありがたいです」
中西さんはこう言って笑った。
「だから、この古本屋のセレクトは、お客さんと僕が徐々に作り上げていったものですね。よく盗まれないかと聞かれますが、本は生活必需品じゃないですし、高価な本を置いていないので、被害にあっていないのかもしれません。この本屋は駅からも遠くて、生活道路にあるので、わざわざここまできて(本棚にあった)宇野常寛の『リトルピープルの時代』を盗もうと思う人はいないんじゃないですかね(笑)」
現在、オープンしてから5年と4カ月。人件費もかからず、家賃も安く、光熱費も月に450円程度。ガチャガチャなんて、電気もなしにフル稼働。ガチャガチャが詰まったときは、1000円札が置かれていたこともあったとか。
「この古本屋をやって一番よかったことは、人とのつながりです。普通のサラリーマンをしていただけだったら、会えない人にも会えたりするようなこともあったり。こうやって取材されることも含めて。ネットワークが広がって面白いです。無人だけど、ひとりじゃなかったというか。そこが面白いところかな」