スナックでは社長も役人もただの「穏やかなおっさん」になる。それはなぜか?

スナックでは社長も役人もただの「穏やかなおっさん」になる。それはなぜか?(イラスト・古本有美)
(イラスト・古本有美)

どんな街でもなぜかスナックはある

スナックという存在に、そこはかとなくシンパシーを感じております。スナックというのは不思議なもので、どんなにさびれた風情の駅前にも1つや2つは存在しているものです。まったく人が歩いているのを見ないような街で、なぜ経営できているのかが不思議でなりません。

先日、たまには近所を探索してみようと、自宅付近にありながら今まで全く近づいたことのなかった住宅街を通り抜けていたら、突然スナックが現れて驚きました。あたり一帯、住宅以外に何もないエリアにぽつんとそれはありました。

そもそも営業しているのだろうかと、思わず入り口に近づいてみたら、「本日は貸し切りです」という紙が扉に貼ってあるではないですか。お客さえいるかどうかわからないと思って油断してしまいましたが、まさか貸し切りだとは。スナックの怪です。

なんだか少し悔しかったので、別の日に再度訪れてみたらお客は誰もいませんでした。ある意味期待を裏切らない、さえない店内で薄めの水割りをひとり飲みながら、これまでのスナック体験をふと思い浮かべていました。

スナックでは、誰もが素に戻れる

社会人になったばかりの頃、就職した会社の会長に誘われて毎晩のように夜の街に繰り出していました。まだ大した仕事もできなかった自分は、ほかの社員と比べたらだいぶ時間的余裕があったからでしょう、会長にしょっちゅうお呼ばれし、いろいろな夜の店に連れて行ってもらいました。

小料理屋や華やかなお姉さまたちがいるキャバクラのような店にもよく行き、それはそれでいい経験でしたが、たまに行くスナックが妙に楽しかったのです。

そこは、今思い出してもどうということはない普通のスナックで、ママとチーママと、ほかに女の子がひとりいるかどうかという店でした。地方都市とはいえ県庁のある街でもあったからか、そこには地元ではわりと大きな会社の社長さんや県庁の人などもよく来ていました。

うちの会長もその社長さんも知らない間柄ではないので、お店で会うと挨拶を交わしたり談笑したりもするのですが、全くもって仕事の話はしませんし、ましてや自分たちが社長である風情なんて微塵も醸し出しません。言ってみれば、単なる穏やかなおっさんたちといったご様子なのでした。

社会人としてまだ駆け出しだった私にとって、数百人の社員を擁する会社の社長たちの、力の抜けた素の表情はいささか異様な光景で、どうしてこんなことになるのだろうかとぼんやり考えていました。

スナックにおける「ママの下(もと)の平等」

何度かスナックに足を運んでいるうちに、スナックにおいてママの存在は絶対的・超越的で、それに比べたら社長だろうが新入社員だろうが大して変わらない存在と見なされてしまうのではないかと、おぼろげながら感じるようになってきました。

実際のところ、スナックのママは相手が社長だろうが役人だろうが、丁寧に接しつつも、昔からの知り合いであるかのように冗談も飛ばすし、時には容赦なく厳しい言葉も投げかけます。

そして、そんなぞんざいとも言える扱いを、ここに来ている客人たちは心から楽しんでいるように見えました。これを私は、スナックにおける「法の下(もと)の平等」ならぬ「ママの下の平等」とひそかに呼ぶことにしました。

以来、いくつかのスナックを経験し、すべてがこの法則に当てはまるわけではありませんが、ある一定数はこれが成り立つことも確認できました。もちろん、人によってスナックの魅力はさまざまでしょうが、私がスナックに惹かれる理由の多くは、この点に存していると言えるのです。

ところで、私はスナックで食べる焼うどんが妙に好きで、メニューに載ってなくても作ってもらえるかどうかをつい尋ねてしまいます。けっこうな割合で「作れるよ」という答えが返ってくるのも、スナックの良さだと思っています。

次回は、とあるスナックにおける、70歳を超えたママとの思い出について語りたいと思います。

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松本宰 (まつもと・おさむ)

編集者。住まいのマッチングサイト「SUVACO(スバコ)」とリノベーション専門サイト「リノベりす」の編集長。住宅に限らず、己が心地良い居場所を探し求めてさまよう日々。好きなものはお酒と生肉とラーメン。

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