「沖縄のごちゃごちゃした問題の先を描きたい」 沖縄出身アーティストが「文字のない絵本」を描く理由
異国情緒あふれる、沖縄県沖縄市のコザ。その一角に、「アートを身近に」がコンセプトのアートギャラリー「ソラノエ」があります。運営するのは、那覇出身のアーティスト、与儀勝之さん(44)です。ギャラリーでは、沖縄のアーティストの企画展が催されたり、それ以外のときに与儀さんの作品が展示されたりしています。
与儀さんの作品は「琉球イラストレーション」と名付けられ、沖縄の伝統文化をベースに、人と自然の調和が描かれています。その作品には、アートを通して沖縄の未来に貢献したいという思いが込められていました。
高校までは沖縄が嫌いだった
那覇で生まれた与儀さんは、高校時代までは沖縄が嫌いだったといいます。
「那覇は『プチ東京』みたいなところがあって、住んでいて沖縄の良さがわからなかったんですよね。とにかく外に出たくて県外の大学をたくさん受けたのですが、片っ端から落ちて(笑)。結局、沖縄県立芸術大学にだけ受かって、沖縄に留まることになりました」
望まなかった沖縄での大学生活。しかし、それが与儀さんの転機になりました。
「県立の大学なので、沖縄の文化や歴史、芸術をたくさん勉強するんですよ。そのおかげで今まで気づかなかった沖縄の素晴らしさを実感して、沖縄を好きになったんですよね。大学の講義を通して、『沖縄の未来のために貢献したい』と思うようになっていきました」
沖縄の「人と自然との調和」に魅せられて
沖縄の文化で与儀さんが最も惹きつけられたのは、「人と自然との調和」です。
「たとえば、沖縄には風水の考え方が息づいてています。風水は占いのイメージが強いですが、本来は人と自然が共生するための都市計画のために使われる考え方です。山と海と空を巡る自然の循環を壊さないようにうまく人間が住居を構え、自然とともに生きていく。風水が目指す『人と自然との調和』は、僕のものの考え方のベースになりました」
大学でグラフィックデザインを学んだ与儀さん。卒業後は、武者修行の場として、東京の広告代理店に就職しました。6年後、沖縄に貢献したいと考えて地元に戻ると、改めて沖縄の空の広さ、海の青さに心を動かされました。
故郷で再び暮らす中で、「人と自然との調和」を表現したいと思うようになり、絵を描き始めます。やがてデザイナーの仕事を辞めて、絵一本に絞っていきました。
「アートを身近に」したい理由
その後2017年から、ギャラリー「ソラノエ」の運営を始めた与儀さん。コンセプトは「アートを身近に」です。なぜアートを身近にしようと考えたのでしょうか。アートの敷居を下げることで、一体何が起こると考えたのでしょうか。与儀さんは、その先をしっかりと見据えていました。
「沖縄では子どもの貧困が深刻な問題の一つになっていますが、その根底には教育や文化の水準の格差もあると思います。敷居の高いアートをもっと身近なものにして、沖縄の文化水準を引き上げていけば、沖縄の抱える問題に対して少しでも働きかけることができると思うんです」
ギャラリーに自身のアトリエを併設して制作風景を楽しんでもらえるようにするなど、アートを身近に感じてもらうために様々な取り組みを行っています。
子どもの想像力を拡げる「文字のない絵本」
そんな与儀さんが、現在継続して取り組んでいるのは、「文字のない絵本」の制作です。大きな絵の作品を繋げて「一つの絵本」にするもので、1ページを1カ月かけて制作します。絵本にあえて文字を入れなかった理由を、与儀さんはこう語ります。
「文字のない絵本を見た人は、『これってどういうことなんだろう?』と、想像力を働かせて考えようとします。この『考える力』がとても大事だと思っています。『いかに考える力を与えずモノを買わせるか』が重要だった広告の仕事をしていたとき、『このままだと人は想像力を失ってしまう…』という危機感を抱きました。そこで、人の考える力が発揮されるようなものを作りたいと思ったんです」
絵本を見た人のそれぞれの解釈を聞くことが、与儀さんの楽しみの一つになっているそうです。「なるほど、そういう見方があるのか!と、はっとさせられることもよくあるんですよね。人間の想像力って面白いし、僕はその力を信じていたいんですよ。想像力が広がっていく一つのきっかけになればいいなと思っています」
「大人のごちゃごちゃを突き抜けた世界を描きたい」
与儀さんが東京から戻ってきて最初に移り住んだ場所は、米軍普天間飛行場のある宜野湾市。自宅は滑走路の延長線上にあったといいます。美しい自然だけではなく、米軍基地をはじめとする政治的な問題を抱えているのもまた、沖縄のすがたです。そういった沖縄の姿を直に感じていた与儀さんですが、作品にはそういった側面は描かれていないように見えます。そこには、何かしらの意図があるのでしょうか。
「僕には、そういう大人のごちゃごちゃを突き抜けた『先』の世界を描いているという感覚があります。生きとし生けるものすべてが幸せに生きる。『人と自然との調和』が実現している世界。政治に対する間接的なメッセージになり得るのかもしれませんが、見る人が自由に思いを馳せてくれればいいなと思っています」
与儀さんがコザにギャラリーを構えてから今年で2年になりました。今後は他のギャラリーとの連携企画も考えているそうです。アートを通して沖縄の未来に貢献したいと願う与儀さんの挑戦は、まだまだ続きます。