「僕が何でも知ってるわけではない」路地裏の古書店が拓く「ひとり世界」

お洒落な店にひきつけられて、ふらっと立ち寄る人も
お洒落な店にひきつけられて、ふらっと立ち寄る人も

大阪ミナミ。繁華街から少し離れた町の一角にある古書店は、用がなくてもふらっと立ち寄りたくなる店。人と本だけでなく、人と人との出会いがあり、まるでひとつのコミュニティのようになっています。

証券会社の営業マンから古書店主に転身

店主の綿瀬さん.コーヒーを飲むお客さんとの会話が盛り上がる。

大阪市中央区で「Colombo courner shop(コロンボコーナーショップ)」という古書店を営む綿瀬貴泰(わたせたかひろ)さん(47歳)。大学を卒業後、証券会社で3年間、営業マンをしていました。入社した時から3年で退職すると決めていたそうですが、当時は、1日に100枚は名刺交換するように上司から言われていたそうです。

3年経って退職後、2000年に、友人が営む古着屋の隣に古書店を開店。2003年にいまのビルの2階に、2008年に1階に移転しました。メインストリートの御堂筋から1本西に入った難波神社の向かい、デザイン事務所や建築事務所が多い町の一角にあります。

綿瀬さんは、昔から、興味を持ったことは何でも本で調べないと気が済まなかったそうです。

「遊ぶことも好きですが、本屋にもよく行っていて、カメラでも釣りでも本を読んで調べまくるんです。8ミリのことは、専門家よりもよく知っています。雑誌『ポパイ』の前身になった『Made in U.S.A. catalog』が古本との出会いでした。1万円もすると言われて驚いたのですが、6~7人待ちと言われ、知人から譲ってもらいました」

ちょっとした会話から人と人がつながる

小さい店だからコミュニケーションができる

綿瀬さんはお客さんと話すことが好きで、証券会社での営業経験が役立っていると言います。案外、人がわあーっと来て、ゆっくり話ができなかった日は、本も売れないとか。

「うちの店は小さいからお客さんと会話ができるんです。『こういう本を探しているんですよ』という人は、僕より情報をたくさん持っている。僕がなんでも知っているわけではないのです、お客さんから得た情報を別の人に教えたり、『こんないい本があるんですよ』と勧められるんです」

コミュニケーションが苦手な人はイヤホンをしているし、話しかけられたくない人を見抜くこともできるそうです。

「何か探しているわけじゃないけど、どんな本があるのかなという人もいれば、『どこに住んでるの』『転勤で大阪に来るんだけど、どこに住むといい』という他愛ない話や結婚の相談もされることがあり、古書店というよりよろず相談所になることもあります。コーヒーだけを買いに来る人もいて、そこから『うちの本を買い取って』など、どんどん話が広がっていきます。ひとりから、また次のひとりへと世界が広がる感じです」

お客さんも本のジャンルも多彩

写真集の中に「薪ストーブの本」があるなど、宝物が埋もれていることも

お客さんは、近隣のデザイン事務所の人もいれば、インスタグラムで綿瀬さんの映える店を見て、遠方から訪れる中学生や高校生、近所のおじいちゃん、おばあちゃんまで、年代の性別もさまざま。ネット通販に力を入れたら売れることは分かっているそうですが、人から人に情報の橋渡しをすることに意義を感じている綿瀬さんの古書店は、誰にとっても解放的で心地いい場所になっています。

置いている本のジャンルも多岐に渡っています。デザインや建築関連の本、写真集もありますが、ファッション雑誌や木工細工の本、料理書もあり、一冊一冊手に取ると、まるで宝探しをしているような気分になります。

「その時、その人にとって必要ない本もあるでしょう。でも、5年、10年経った時に『これ、いいやん』と思えることがあります。その瞬間、本が人の中に入ってくる。わくわくするような本との出会いを楽しんでもらえると嬉しいですね」

穏やかに話す綿瀬さんは、コーヒーのオーダーが入るたびに1杯分ずつ豆をひいて淹れてくれます。外のテラスで飲む人もいれば、綿瀬さんとの会話を楽しみながら一息つく人もいて、多様なひとりがColombo courner shopの文化を醸成しています

この記事をシェアする

渡辺陽 (わたなべ・よう)

大阪芸術大学文芸学科卒業。「難しいことを分かりやすく伝える」をモットーに医療から気軽に行けるグルメ、美容、ライフスタイルまで幅広く執筆。医学ジャーナリスト協会会員。ダイエットだけでは飽き足りず、マラソン大会出場を目指して、パーソナルトレーナー指導のもと、ひとり黙々とトレーニングに励んでいる。

このオーサーのオススメ記事

支え合い生きてきた愛犬の死が教えてくれたこと(老犬介護記・下)

ひとりと1匹、介護の幸せをかみしめて過ごした(老犬介護記・上)

「僕が何でも知ってるわけではない」路地裏の古書店が拓く「ひとり世界」

「マインドフルネスヨガ」やってみた ひとり瞑想で脳をストレスから解放

乳がんで左の乳房を部分切除。ひとりの闘病の末に得られた「新しい人生」

35歳で食道がん、死への恐怖と戦う先に見えた灯火

渡辺陽の別の記事を読む

「ひとり店舗」の記事

DANROクラブ

DANROのオーサーやファン、サポーターが集まる
オンラインのコミュニティです。

もっと見る