社食でランチを食べたい!フリーランスの夢を叶えてくれる「街中社員食堂」
筆者は5年半しかサラリーマン生活を経験していない。自ら望んで独立し、四半世紀以上フリーランスのカメラマン兼ライターとしてやってきたが、サラリーマンに憧れる部分もある。
例えば、社員旅行。ビニール袋に入った乾き物を片手に缶ビールを飲みながら、バス旅行に出かけてみたかった。それともう一つ。社員食堂だ。
日常的に社食を利用している方には、筆者の気持ちは理解できまい。別に同僚と社内のウワサ話をしながら食べたいわけではない。純粋に社員食堂の料理を食べてみたいのだ。
レトロな問屋街に佇む食堂
ある日、Twitterを見ていると、「4月5日の献立」と題して、「A定食/鯖煮付・煮物・玉子巻」「B定食/チキン南蛮丼・ミニそば」という2種類の日替わり定食の画像が流れてきた。アカウント名は「水上食堂@街中社員食堂」とあった。
調べてみると、社員食堂をモチーフにしている街の定食屋のようだ。場所は愛知県東部の豊橋市。筆者の住む名古屋圏からはやや遠いが、原稿の〆切もひと段落している。陽気もよいので“ひとり社員旅行”を楽しもうと、名鉄特急に乗り込んで豊橋へと向かった。
電車に揺られること約50分、豊橋駅に到着。ブラブラと歩きながら店をめざすことに。豊橋はレトロなビルや商店が数多く建ち並んでいて、旅情をかきたてる。『水上食堂』があるエリアはもともと問屋街だったようだ。
ここが『水上(みながみ)食堂』。周辺のレトロな雰囲気の中に溶け込んでいる。店名の横には、メニューと金額が書かれた看板がかかっている。500円〜650円と安い。まさに街中社員食堂である。
扉を開けると、『水上食堂』を運営する川村商事の専務、川村茂樹さんが出迎えてくれた。彼の出で立ちもまた思いきりレトロだが、店のコンセプトやメニュー、インテリアなどブランディングを手掛けたプロデューサーである。
詳しく話を聞く前に、まずは空腹を満たしたい。ふと、入り口のそばに目をやると、この日に用意している2種類の「水上日替わり定食」がディスプレイされていた。
「Aは焼魚や煮魚、魚介の天ぷらがメインの定食です。Bは日替わりの丼ものに、うどんが付くセットになります」と、川村さん。
日替わり定食も捨てがたいが、筆者はここでどうしても食べてみたいメニューがあるのだ。それが「豚肉たまり焼き定食」(650円)である。
「たまり」とは、豆味噌を醸造する過程でできる調味料、たまり醤油のこと。大豆が醸し出す深いコクと旨みが際立っているのが特徴だ。事前にTwitterでメニュー名を見たときに注文しようと決めていた。
社員食堂ゆえに、まずは食券を券売機で購入。それをカウンターで手渡す。待つこと約3分、「豚肉たまり焼き定食」が目の前に出された。チープながらも耐久性のありそうなプラスチックの容器が、これまた社員食堂っぽい。
では、「豚肉のたまり焼き定食」をチェックしてみよう。
おおっ! このたまりならではの色と照り! 見ただけで口の中が唾液でいっぱいになった。メインのたまり焼きのほか、日替わりの小鉢とサラダ、味噌汁、ご飯、漬物が付く。
2階のテーブル席に自分で料理を運んで、いざ実食! 豚肉はバラ肉を使っていて、たまり醤油を絡めてカリカリに焼かれている。その香ばしさとたまり醤油のコク、脂の甘みが相まって、無性に白米を欲してしまう。
いかーん! あまりの旨さに、たまり焼き一切れで、茶碗の1/4くらいのご飯を食べてしまった。こんなことなら+100円でご飯を大盛りにしておけばよかった。
いや、ヘタをすれば大盛りでも足りないかもしれない。それだけご飯とよく合うのだ。また、小鉢の切り干し大根の煮物やポテトサラダも、業務用スーパーで買ってきたものをそのまま出したような味ではなく、やさしくて温かみのある手作りの味がした。
さて、お腹も落ち着いたところで川村さんにじっくりと話を聞いてみよう。
「弊社は昨年50周年を迎えました。私は三代目になりますが、祖父の代から大手スーパーの社員食堂の運営を手がけてまいりました。社員さんにとって食堂での食事は毎日のことですので、手作りにこだわっています」とか。
川村商事はかつて、豊橋駅近くの名豊ビル内でフードコートの運営を手掛けていた。ホテルやスーパー、オフィスなどが入る複合ビルだった。
豊橋市民に親しまれた名豊ビルが惜しまれつつ取り壊された2018年、その跡地のすぐ目の前に『水上食堂』がオープンした。
「豚肉のたまり焼き」は、名豊ビルのフードコート内にあった『グリル八雲』という洋食店で出されていた名物を復刻させたものだ。川村さんの父親(川村商事の社長)が高校時代に『グリル八雲』でアルバイトをしていたので、味を再現することができた。
また、名豊ビルの地下にはバスターミナルがあり、川村商事はそこで『BANBAN(バンバン)』というカレー専門店を営んでいた。『水上食堂』のもう一つの名物「水上カレーライス」(並盛・500円)はそこで出されていたものだ。
「『BANBAN』は、カレーとご飯を自由に盛り付けられるセルフサービスの店で、腹ペコの学生たちに人気だったようです。豚バラ肉と玉ネギをじっくり煮込んだシンプルなカレーですが、コクを出すために隠し味に赤玉ポートワインを加えています」
『水上食堂』は、今はなき名豊ビル内で手がけていた飲食店へのオマージュでもあったのだ。
ひと昔前と違って、ランチに選択する店や料理も多種多様になっている。だが、そんな潮流に反するかのように『水上食堂』で出される、懐かしくてシンプルなメニューが逆に新しく感じられるのはなぜだろうか。
家の近くにあったら、それこそ毎日でも通いたい社員食堂だ。