アニメが好きなアメリカの言語学者「日本には私のようなオタクがいた」

ニューヨーク在住の言語学者、グレッチェン・カーンさん

言語学者の部屋は、難しそうなタイトルのついた書籍がぎっしり詰まった本棚で埋め尽くされているのだろう。そんな勝手なイメージを抱いていましたが、ニューヨーク・ブルックリンにあるグレッチェン・カーンさん(37)のアパートにあったのは、ベッドとカウチと小さなテーブル。そして、テーブルの上のパソコンと数冊の本が全てでした。最近、断捨離でもしたんですか? というような……。

グレッチェンさんは現在、言語学者としてある企業でAI言語に関する研究に携わっています。仕事が一段落したらしばらく旅に出る予定だったため、本はほとんど倉庫に預け、いつでも旅立てるように身軽な状態にしたのだそうです。“旅に出る予定だった”と過去形なのは、急遽新しい仕事が見つかり、旅に出るのがしばらくお預けになったためです。

アニメのキャラクターに親近感

グレッチェンさんは子どもの頃から一人でいるのが好きで、宿題もしないで読書をしているような少女でした。「アメリカのドラマでは、みんな元気でハッピーで、パーティーで騒ぐのが好きだったりしますね。でも、私はそうじゃありませんでした」

そんな彼女が共感を持ったのは日本のアニメ。「アニメの中には私のような“キャラ”、つまりオタクがたくさんいたんです! 例えば、セーラームーンに出てくるセーラーマーズ。彼女はオタクっぽいわけじゃありませんが、物静かなところに共感しました」。日本には自分のようなオタクがたくさんいる!と思ったグレッチェンさんは、カリフォルニアの大学で日本語を専攻します。

「ほかの勉強はしないで、日本語ばかり勉強していました。何かに夢中になるとのめり込むタイプなんです」

そして、日本に半年間留学。「アニメイベントに行ってみたら、私みたいなオタクな人たち、いましたよね(笑)。私は外国人だったので、目立つのが恥ずかしかった。でも、友だちができました」

日本に留学した経験をもつグレッチェンさん

フランス料理からヒップホップまで

大学を卒業するとフランスに渡り、英語を教えながらフランス語を勉強。フランス滞在中に料理に興味を持つと、帰国後は郷里ウィスコンシンのフレンチレストランで修行しながらコックとして4年間働きました。今ではフランス料理はお手のもの。これだけ料理が得意だったら、人を呼んで披露したくなりそうなものです。「こんなにおいしそうな料理、一人で食べるんですか」と聞くと、「はい、一人暮らしですから」

グレッチェンさんは、一つのことだけを突き詰めるタイプのオタクではないようです。興味があり、やればできそうだと思ったことは、とことんやってみたくなるのだそう。

全く畑違いのところに行ってしまったと思ったら、再び、言語のフィールドに戻ってきます。ウェールズの大学院で、今では話せる人が少ないアイルランド語とウェールズ語を研究したかと思えば、マサチューセッツ工科大学の大学院では音韻学を研究。博士論文は、詩の韻をテーマにまとめました。

グレッチェンさんお手製のナイジェリアのフィッシュ・ペッパー・スープに、タロイモのフフ

韻と言えば、ラップ・ミュージックには韻がつきもの。「英語のヒップホップの韻は古アイルランド語の韻と似ているんですよ」さらに、「日本語のヒップホップをテーマに論文を書いている人もいるんです」と、興味は日本語のヒップホップにも及びます。

これまでにフランス語、アイルランド語、日本語を勉強し、今はハイチ語も習っていますが、興味を持つ言語には共通点があります。それは実用性。

フランス語を勉強すれば、フランス語で小説が読める。ロサンゼルスには日本人が多いから、日本語を使う機会がある。マサチューセッツ工科大学があるボストンにはアイルランド語を話す人がけっこういたので、やはり使う機会があったのです。現在ハイチ語を学んでいるのも、ニューヨークにはハイチ語を話す人が多いというのが理由でした。

かと思うと、今や全世界で4人しか話せる人がいない、実用性からは程遠いネイティブアメリカンの言語を次の世代に残すために教育するという仕事に応募。採用には至りませんでしたが、その理由についてこう話してくれました。

「難しい言語だから興味を持ちました。それに、アメリカの歴史上、ネイティブアメリカンはとてもひどい目に遭っています。私にできることがあればしたいと思ったんです」

ブルックリンにあるラッパー「Biggie Smalls / The Notorious B.I.G.」の壁画

日本語は響きが美しい

そもそも、グレッチェンさんにとって言語の魅力とは、いくら勉強してもネイティブスピーカーのようにはなれない奥深さにあります。さらに、文学的な面だけでなく、研究するために複雑なデータを集めたり分析したりしなければならないという、理系的な部分も併せ持っているところだそうです。

では、どの言語を最も美しいと思うか? そう聞いてみたところ、「しゃべって美しいのはたぶん日本語だと思います」とのこと。

「母音が多いから聞くだけで美しいし、尊敬語や謙譲語、タメ口までいろいろな表現があります。それを使い分けて相手への気持ちを伝えるのが楽しい!」

「詩の韻」をテーマに論文を書くほどなので、日本の詩や短歌も好きで、最近気に入っているのは寺山修司の短歌やエッセイということでした。

これほど言語に対して多面的にアプローチができるなら、大学などの研究職を目指しそうなものですが、そうなると、授業で教えたり、論文を書いて出版したり、学会で発表したりと、研究以外の仕事もしなければなりません。それは自分には難しいと言います。

「せっかく勉強したのに使わないのはもったいないけど、好きな勉強をしたり外国に住んだりできる自由な生活がしたいんです」

ところで、冒頭で、グレッチェンさんは近々旅に出る予定だったと書きましたが、実は、まず日本に向かう計画だったのです。「農場で寝るところと食事を提供してもらって働く、というボランティアがあるので、面白そうだなと思って」

新しい仕事が決まって予定は変更になりましたが、数年後、九州か四国あたりの農場で、日本語ペラペラでちょっとシャイなアメリカ人女性が働いていたら、グレッチェンさんかもしれません。

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