「ダイナミックプライシング」が導く社会とは――若手研究者が描く未来の姿

ダイナミックプライシングを研究するエンジニア・新谷健さん
ダイナミックプライシングを研究するエンジニア・新谷健さん

私たちが商品やサービスを購入するとき、その価格は一定である場合が多いですが、中には宿泊料金や航空運賃など、需要と供給の状況によって価格が大きく変動するものもあります。「ダイナミックプライシング」というこの値付けには、AI(人工知能)をはじめとする最新技術が活用されています。

この仕組みを医療やレジャーなど幅広い分野に応用するための「理論」を構築しようという研究が、検索エンジン事業を展開するフォルシアと京都大学によって10月から始まりました。

「人ごとに値段が変わる世の中にしていきたい」

この新しいダイナミックプライシングでは、映画館や劇場などの「空き状況」によって価格を変えるだけでなく、個々の利用者の「利用頻度」という要素も加味して、利用者ごとに提示する価格を変えるという案が検討されています。

たとえば、ある映画館に月2回程度は訪れるAさんがいるとします。

明日の座席予約がまだ埋まっておらず、空き席を埋めるための施策を考える場合、比較的頻繁に訪れているAさんに対して、通常よりも安い価格で提供すると来てくれるかもしれない。そこで、Aさんに対しては、この日の映画料金について、一般料金の1800円を1300円に下げた価格を提示して映画館の利用を促します。

このように、すべての利用者に毎度、個別にアプローチすることで、提供者側は、効率的に空き枠を埋めることが可能になります。また、利用者側は、パーソナライズされた価格やタイミングで利用することができるようになるのです。

「需要と供給の経済状況だけではなく、人ごとに値段が変わる世の中にしていきたい」

こう話すのは、フォルシアで研究を担当するエンジニアの新谷健さん(27)です。新谷さんは、京都大学工学部で数理工学を専攻。大学院ではビッグデータの分析手法に関する研究に携わっていました。ダイナミックプライシングの理論化によって、どんな未来社会を作り出したいと考えているのでしょうか。

「絶対ベンチャーに行く」と決めていた

「高校生のとき、世の中の現象を数式で説明できると面白いなとぼんやりと考え、京大工学部の情報学科に進学しました。入学後にモデリングの面白さに触れ、数理工学を専攻するようになりました」

その後、京大大学院の情報学研究科に進学し、ビッグデータの研究に本格的に取り組むようになります。理系の大学院では博士課程に進む学生も多いのですが、新谷さんは大学に残ることは考えず、就職しました。

「『技術が世の中を変える』と思い、技術をベースにビジネスを作れるようになりたいと考えるようになりました。研究は積み重ね型ですが、ビジネスは一つ見方を変えるだけで面白いものが生まれるじゃないですか。そこに面白さを感じました」

同じ研究科には、数理工学の知識を活かして、高い賃金が約束される外資系の金融機関やコンサルタント会社に進む人もいたそうですが、そういう道はあまり魅力的に思えなかったと、新谷さんは打ち明けます。

「実は僕、既に世の中でいいと言われているもの、ある程度先が見えているものに面白さを感じられないんです。新しいものを生み出すほうに魅力を感じています。就活を始めたときから、絶対ベンチャー企業に行くぞと心に決めていました」

2017年4月、企業向けの検索プラットフォームなどを手がけるベンチャー企業・フォルシアに入社。在学中から引き続いて、入社1年ほどはビッグデータの研究を続けていました。その論文が国際学術誌に掲載されたり、新聞に取り上げられたりして、新規事業のメンバーに抜擢されました。

「ビッグデータの研究を活かした新規事業とは何か、と考えたとき、ダイナミックプライシングが面白そうだと感じました。しかし過去の研究を見ても、AIを用いた導入事例のようなものはあっても、ダイナミックプライシングそのものを扱った『理論』はほとんどありません。そこで、理論作りから取り組んでいく必要があると思いました」

プライシング(値付け)について従来と少し見方を変え、かつ、理論的な観点も取り入れることによって、「ダイナミックプライシング」を、さまざまなレジャーや医療、教育などの幅広い分野に広げていくことができるのではないかと、新谷さんは考えています。

「汎用的なものが作れるといいなと思います。人によって『納得感のある値段』というのは異なるので、そこを突き詰めていきたいです。ただ、現時点ではまだ、人によって値段が違うことに対する抵抗感もあると思うので、慎重に見ていく必要がありますが……」

休みの日はゲーム、社会人水泳で都大会3位も

1年半前に上京して一人暮らしを始めた新谷さん。休みの日はジムに通い、水泳にいそしんでいるといいます。

「実は幼稚園からずっと水泳をやっています。大学の学部時代も体育会の水泳部に所属していました」

新谷さんは社内で水泳の実業団チームを結成。今年7月には東京都の社会人チーム対抗水泳競技大会に出場し、平泳ぎ50メートルで3位に輝いています。

水泳以外では、家でNintendo Switchのゲームをしたり、近所に住む友人と遊んだりして楽しんでいるとのこと。

現在は京大大学院の博士課程にも在籍し、フォルシアとの二足のわらじを履きながら、研究を進めています。これからの目標について、新谷さんはこう話します。

「ダイナミックプライシングを通じて、世の中を変えていきたい。夢物語かもしれませんが、お金を多く出す人も、お金がなくて困っている人も、誰もが価格に納得できるようになる。そういう社会になっていったらいいですね」

人によって商品やサービス値段が違う――現在の日本社会の価値観からすると戸惑う仕組みかもしれません。しかし、実は歴史をひも解くと、かつて値段は売り主と買い主の個々の交渉で決められていました。

値札によって一定の価格が示されるようになったのは、近代に入ってからのことです。それまで人類の歴史の大部分は、人によって値段が異なるのが当たり前だったともいえます。

新谷さんが研究を進める「ダイナミックプライシング」が今後、どのように我々の生活を変えていくのか。テクノロジーの力によって、誰もが価格に納得できる社会がいつか訪れるのかもしれません。

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河嶌太郎 (かわしま・たろう)

1984年生まれ。千葉県市川市出身。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。アニメコンテンツなどを用いた地域振興事例の研究に携わる。近年は「週刊朝日」「AERA dot.」「Yahoo!ニュース個人」など雑誌・ウェブで執筆。ふるさと納税、アニメ、ゲーム、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。DANROでは、アニメ・マンガ・ゲームの「聖地巡礼」について執筆する。

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