横丁イラスト、50過ぎからの集大成「人生経験は観察力に出る」

神保町=村上健さん提供
神保町=村上健さん提供

構図は決めない。下書きなし。端っこからいきなり画用紙にペンを走らせる。

村上健さん(67)が描くイラストの画法は、絵画やスケッチの常識からすると邪道かもしれませんが、ほのぼのとした、独特の味わいがにじみ出ています。(取材・吉野太一郎)

村上健さん=吉野太一郎撮影

絵を描き始めたのは50歳を過ぎてから。「年を取ってからこそ始めると面白い趣味。ひとり遊びに最適です」と語る村上さんが、全国の横丁を回って描いたイラストとエッセイでつづる『グッとくる横丁さんぽ』(玄光社)を11月28日に出版します。

村上さんが語る絵への思いには、人生のヒントがいろいろ詰まっていました。

谷中「初音小路」=村上健さん提供

村上さんは出版社の広告制作部門を経て、50歳を前に独立しました。絵との出会いは、独立後に編集者として手がけた、イラストレーター永沢まことさんの技法書。

「誰でも描ける」という原稿を見て「描けるわけないよ。でもそこまで言うなら試してみよう」と始めたのがきっかけです。

「白い紙にいきなり線を引く。失敗したらどうしようと思い、確かにドキドキする。でも会社の仕事じゃないんだし、失敗したっていい。自由に描けばいい。技術はあっても面白くない絵ほど悲劇はない」

村上さんが持ち歩いている画材道具一式。

大学では漫画研究会でした。「光と影を面で捉える西洋画と違い、浮世絵など東洋画は線の上に色がついている。漫画も同じ。ペン描きは僕らにとって、極めて自然な描き方なんです」

本は「絵の教科書」になじめなかった人に支持されました。「デッサンはいわば『修行』。基礎にこだわっていると続かない。」

川崎・溝の口=村上健さん提供

そんな村上さんが選んだのは、日本各地にある裏通りの飲み屋街や商店街。出版広告の企画や記事制作などで全国を回りながら、取引先のある表通りから裏道へ一歩入り、スケッチを重ねてきました。

何時間もうろうろしながら観察して、その町の雰囲気にふさわしい人を探します。アメ横であれば化粧の濃い女性、谷中ならおしゃべりに熱中するおばちゃん。通りかかるまで、じっと待ちます。

村上さんのスケッチブックにあった神保町の古書店のスケッチ。「真っ昼間から荷物も持たず、100円コーナーに群がる年配の男性たち。きっと定年退職した人たちだろう。背中にいろんなものを背負ってきたんだろう…と想像するのが楽しいんです」

「風景を描くというのは、人を描くようなもの。言わば、自画像を描いているようなもんですよ。立派なものを描きたがる人もいるけど、六本木ヒルズや表参道は私の自画像じゃないし、見る人も感情移入できない」

「裏通りには人間くさい空気が積み重なっています。かっこいい人はいない。でも世の中、かっこよくない人が99%。大多数が共感できた方がいいでしょう。私は少年時代を地方で過ごしたので、当時の思いがよみがえるんです」

東京・表参道で「ブランド運動靴をいっぱい買い込んだ、おそらくインバウンドの人。似ているかより、こういう人、いかにもいそうじゃないですか」=村上健さん提供

でも、ペンでいきなり画用紙に描いたら失敗することもあるでしょう?

「もちろんあります。そのときは放置です」

大阪・重亭のビフカツ。「このお皿、ゆがみまくっています。でも気になりますか? 自分が意識するほど、見る人は意識なんてしてないんです」=村上健さん提供

「サラリーマンが長い人は『ためらい線』が多い。失敗を恐れてちょっとずつ線を伸ばす。ネクタイまで奥さんに選んでもらっていた人は、ねずみ色に塗りたくる。でもだんだん、スッと線が引けて、色使いも綺麗になっていく。いわば自分を解放する作業でもあるんです」

「技術は二の次。大事なのは観察力です。同じ風景でも深く見えるかどうかは、人生経験のありなしです。絵を描き始めると『イメージの視力』が上がって、よりいろんなものが見えるようになっていきます」

「似てても似てなくてもいいんですよね。そこにいた人の面白さが出ればいい。絵は見ている人が想像でつないでくれます。描き込みすぎると逆にうっとうしい。正確さよりも、見る人が想像しやすいように『引き算』していくのが大事です」

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