ジョジョが教えてくれた「人生の忠告」 大切なのは真実に向かおうとする意志

荒木飛呂彦原画展で購入したオリジナルグッズのブローチ(右)
荒木飛呂彦原画展で購入したオリジナルグッズのブローチ(右)

最近、いろいろと理由があってスコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』(村上春樹訳、野崎孝訳、小川高義訳といろいろ)を読み返している。かの作品は冒頭が何より有名だ。それは「僕がまだ年若く、心に傷を負いやすかったころ、父親がひとつ忠告を与えてくれた」(村上訳、中央公論新社)と始まる。

この一文を読むたびに、僕に忠告を与えてくれたものは何だろうかと考え込んでしまい、しばしページをめくる手が止まる。初読も再読もその感覚だけは変わらない。

ジョジョに熱中した10代

さて。僕が「まだ年若く、心に傷を負いやすかったころ」、熱中して読んでいた漫画に、荒木飛呂彦さんの『ジョジョの奇妙な冒険』(集英社)がある。当時は週刊少年ジャンプで、今は月刊誌に舞台を移していまだに連載は続いている長寿作である。

強い敵を倒せばさらに強い敵が現れ、それを倒せばさらに強い敵が……というよくある少年漫画と違って、ジョジョは第一部、第二部と各部ごとにそれぞれ主人公がいて、部の終了とともに交代する。

いまでこそ、テレビ番組の影響もあってか、多くの人がファンを公言している作品だが、僕が10代の頃は作品もファンも「異端」扱いされていた。例えていうなら、クラスの中心でみんなが話題にしているのは王道のジャンプ大ヒット作ばかり。各クラスに一人いるかいないかのジョジョファンは、昼休みの廊下にひっそりと集まり、「今週もジョジョ、すごかったな」と話すような漫画だった(個人の感想です)。

僕が10代の頃に連載していたのは、イタリアのギャング、ジョルノ・ジョバァーナを主人公に据えた第5部だ。てんとう虫をキーアイテムにする主人公のファッションも含めて、それまで以上にスタイリッシュな雰囲気が好きだったのを覚えている。

その影響はいまでも続いていて、イタリア輸入のカフスボタン、ピンバッチ、荒木さんの原画展オリジナルグッズのブローチと何かにつけててんとう虫モチーフのグッズを買ってしまう。ピンバッチは黒のジャケットに、カフスボタンは白いシャツによく合わせている。

ジョジョの哲学

もちろん、影響はファッションだけではない。第5部がとりわけ好きなのは、いかにもジョジョらしい哲学が随所に現れていることにある。その一つが、敗れかただ。

象徴的なシーンがある。主人公ジョルノらのチームがギャング団を裏切り、街で麻薬を売りさばくボスとの抗争に挑む。そこで、過去を再現する能力を持ったジョルノの仲間アバッキオがボスに倒される場面だ。

過去から自らの正体が発覚することを恐れたボスは、アバッキオが1人になった瞬間を狙い、一撃で倒すことに成功する。アバッキオは死ぬ間際にボスの顔について重要な手がかりを仲間に残し、ある夢をみる。その夢に出てきた人物はアバッキオにこんな言葉を投げかける。

「私は『結果』だけを求めてはいない 『結果』だけを求めていると人は近道をしたがるものだ……近道した時真実を見失うかもしれない」「大切なのは『真実に向かおうとする意志』だと思っている」「おまえの真実に『向かおうとする意志』はあとの者たちが感じとってくれているさ 大切なのは……そこなんだからな……」(『ジョジョの奇妙な冒険』第59巻より)

ジョジョが教えてくれた大切なこと

2018年の夏、なんの因果かYahoo!特集の仕事で荒木さんのインタビューをすることになり、仕事場と自宅で写真撮影を含めて計2時間ほど話を聞く機会があった。

あの場面が好きなのだ、と僕が告げると、荒木さんはこんなことを語ってくれた。

「敗れはしても、決して負けていないと描いています。僕が描きたいのは勝利のカタルシスでは無いんです。そのほうがウケがいいのかもしれないけど、僕が描きたいものからはずれてくる。戦う過程のなかで、その人間が何を選択するのかに僕は興味がある。人は死んで終わりではない。残された人に意志を残し、受け継がれていくというのが『ジョジョ』のもう一つのテーマなのです。敗北したとしても、誰かが意志を継いでいく。僕はそれを人間の美しさだと思っています」

常に勝利を求める姿勢は、結果だけを求める姿勢に近い。だが、結果だけを追い求めると「近道」の誘惑からは逃れられなくなる。ニュースの世界に10数年いるが、僕がことあるごとに思い出していたのは、少年時代に読んだアバッキオが敗れる場面だった。

結果を出したい、数字を残したいと思うことは多々ある。この言葉を使った方が、感情を刺激して数字に結びつきやすいだろう。ツイッターやフェイスブックでも話題になるだろう。ポータルサイトでアクセスを稼げるだろう。だが、と手を止める。僕がやりたいのは単に数字を稼ぐことではない。結果ばかりを追い求めると、どこか、仕事に対して嘘を混ぜることになってしまう。

僕がやりたい仕事は自分なりに人や問題に接近し、言語化を試みて、その先に見えてくる「世界」を伝えることだ。いま、できているかはわからない。でも、やりたいと思い続け、近づいていこうとする意志が何より大事だということだけはわかっている。

このコラムを書くにあたって、アバッキオが倒されるシーンをあらためて読み返してみた。結果ばかりが強調される世の中にあって、過程だって大切だと真っ向から示す漫画が、やはり僕にとっての「忠告」だったなと思うのだった。

この記事をシェアする

石戸諭 (いしど・さとる)

記者/ノンフィクションライター。1984年東京都生まれ。2006年に毎日新聞入社。大阪社会部、デジタル報道センターを経て、2016年にBuzzFeed Japanに移籍。2018年4月に独立した。初の単著『リスクと生きる、死者と生きる』が読売新聞書評欄にて「2017年の3冊」に選出される。

このオーサーのオススメ記事

「なりたい肩書きにはなれるが、難しいのは継続」 僕が名刺に込めた思い

ジョジョが教えてくれた「人生の忠告」 大切なのは真実に向かおうとする意志

黒猫のネクタイピンとスープストックの共通点「ちょっとしたことを面白がる心」

シャーロックをモデルにした「ロングコート」 僕があえて着る理由

デニムのしわに刻まれた「ダメ新人記者」の思い出

スエードの靴に刻まれた記者人生とぶれないビジョン

石戸諭の別の記事を読む

「ひとり思考」の記事

DANROクラブ

DANROのオーサーやファン、サポーターが集まる
オンラインのコミュニティです。

もっと見る