「ひとり客でも心地よい店を作りたい」幸楽苑の新井田昇社長に聞く
全国に500店舗以上を展開するラーメンチェーンの幸楽苑ホールディングスは昨年末、ひとり客向けの焼き肉店「焼肉ライク」を展開するダイニングイノベーションとフランチャイズ契約を結び、幸楽苑の既存10店舗を焼肉ライクに業態転換すると発表しました。
ファミリー層をターゲットとしてきた幸楽苑が「ひとり焼肉」を展開すると聞いて、驚いた人も多かったに違いありません。ひとりで外食する人が増える中、幸楽苑はいま、ひとり客の獲得についてどのように考えているのでしょうか。代表取締役社長の新井田昇さんに聞きました。
(プロフィール)
新井田昇(にいだ・のぼる)。幸楽苑ホールディングス代表取締役社長。福島県出身。1997年に慶應義塾大学卒業、三菱商事株式会社入社。2003年に幸楽苑(現幸楽苑ホールディングス)入社。2014年に同社取締役、2017年に代表取締役副社長、2018年11月に代表取締役社長に就任。
ひとり焼肉に行って「これだ!と思った」
ーーひとりで外食をする人が増えていると感じていますが、こうした状況をどのように捉えていますか?
新井田 昇さん(以下新井田):世の中は個食化が進んでいっていますが、私自身がお客としてひとりで食べに行ったときには、快適な空間で食事をしたいという思いがあります。幸楽苑は今、オープンキッチンでカウンターとボックス席があるという造りがスタンダードなのですが、本当にそれでいいのかな? という思いがありました。
特に女性は、幸楽苑のカウンターでは、店員さんにラーメンを食べているところを見られるのでいやだ、という意見もあるようです。人は、ひとりでご飯を食べるときに、より集中して快適に食べたいと思うものなのでしょうね。
ーーひとりで外食するときは、快適な空間での食事が大切だと思います。
新井田:ある日、「焼肉ライク」新橋本店でひとりで焼き肉を食べる機会があり、これだ! と思ったんです。焼肉って、だいたい4人席ですよね。そこにひとりでドーンと座って焼肉定食を食べるのは、ちょっと据わりが悪いなと思っていました。
「焼肉ライク」はカウンターで、ロースターも小さい個人用。お肉のメニューも1人前で、好きなように食べることができる。これから幸楽苑でもこういうコンセプトを取り入れてやっていきたいな、と思ったのです。
「おひとりさま」をおもてなしすることの大切さ
ーー「個食化」は、さみしいやかわいそうといった、マイナスの意味でとらえられることもあると思いますが、どのようなとらえかたをされていますか。
新井田:家族やパートナー、仲間たちと複数で食べるシーンもあるでしょうし、一方で、家族のいる人であっても、ひとりで食べることもあるでしょう。決して個食化がマイナスという風には思っていないですね。クイックにひとりでランチを済ませたい、といったニーズを満たすほうが、世の中に対する貢献になるのじゃないかなと思っています。
ーー今後、外食産業にとっておひとりさまが重要になってくるととらえていらっしゃいますか?
新井田:一昔前に、会社の宴会や接待で乾杯するときはビールしか頼んではいけない、という時代がありました。今はもう、ビールじゃなくてたとえばハイボールから入る人もいる。そういう風に価値観や常識が多様化している中で「決めつける」ことはよくないと思っています。
外食に関しても、複数で行くのが当たり前ということではなくて、おひとりさまで来る人をいかにおもてなしするか、ということが大切ですよね。おひとりさまにとっては、あまりお構いしない方がその人にとってのおもてなしになることもある。幸楽苑では心地よい空間やスタイルを作れたらいいなと考えています。
ーー今後は幸楽苑でもひとり客の獲得に力を入れていくのでしょうか?
新井田:幸楽苑はファミリー向けというコンセプトのラーメン屋で、まだおひとりさま向けのお店はできていないのですが、今後つくっていきたいと考えています。
女性にも愛される店作り
ーー近頃は、男性だけではなく、女性がひとりで外食することも珍しくありません。女性がひとりで入りたい店づくりは念頭に置かれていますか。
新井田:ちょうど昨日、女性のグループインタビューを行ったところです。女子大学生6人とワーキングウーマン6人の二部構成で、幸楽苑やラーメンについてディスカッションしてもらいました。
やはり女性は、さっきお話ししたように、ひとりで食べているところは見られたくないということでしたね。また、2018年10月にリニューアルオープンした東京・秋葉原の「幸楽苑平河町店」は、カフェ風の新デザイン店なのですが、通常の幸楽苑の写真と新デザイン店を見せてどっちが入りやすいかを聞くと、やっぱり新デザイン店がいいとみなさんおっしゃる。
ですから今後、店舗の内装から外観まで、女性が入りやすいと思ってくださる店作りもやっていきたいと思っています。
ーー今後、女性を意識したメニューの計画はありますか。
新井田:グループディスカッションでの会話を聞いてわかったことなのですが、女性だから必ずしも野菜がいいということではないんですよね。たとえばトマトラーメンやチーズ系ラーメンを置いてほしいという意見もありますし、がっつり”二郎”系のラーメンがいいんです、という人もいる。
今は「野菜たんめん」に力を入れていますが、いろんなニーズを満たしていくことが大事だなと。女性ということでひとくくりにしないで、総合的なニーズを満たしていくといいと思っています。
ーー「ちょい飲み」もブームです。ちょっとしたおつまみが多くあり、長くいられる店作りということも考えられますか。
新井田:ラーメン屋には、ラーメンを食べたらすぐに出なくてはいけないというイメージがありますからね。もう少し長居したい人のためのメニューを揃えるようなスタイルの店があってもいいと思います。
新井田社長の「ひとり時間」
ーーところで、新井田社長には「ひとり時間」がありますか? その時間をどういう風に使われていますか。
新井田:移動の時間が貴重なひとり時間ですね。新幹線や飛行機に乗っている間は唯一、何にも邪魔されない時間なので、本当にありがたいです。普段、日々の仕事のことを中心に考えているので、ひとりの時間は、未来のことをゆっくり考えたりします。
大局的に、それこそ「おひとりさま向けの業態を今後どうしていけばいいか」「10年後の幸楽苑はどうあるべきか」といったことを考える時間にして、考えたことを書いたりまとめたりする時間にしていますね。
ーー新井田社長にインスピレーションを与えてくれるものは何ですか。
新井田:経営者の大先輩の話を聞くとやはりインスパイアされますし、快適な空間に行くこともいいですね。
ーーお気に入りの場所はありますか。
新井田:東京の銀座や六本木といった街だったり、そういう街にあるレストランに行くと刺激をもらえます。
高齢化社会に向けた店づくり
ーー社会的な影響も大きい企業です。将来的に計画されていることはありますか。
新井田:一番考えているのは、これからの高齢化社会に向けて企業としてどう対応していくかということです。たとえば当社は今年9月で65年目を迎えたのですが、35年後には100周年を迎えたいと思っています。
私は今46歳なのですが、100周年の時は81歳。その時は、幸楽苑の店舗で働く人たちも、来てくださるお客さんたちも、おそらく高齢化しているだろうなと思うのです。そういう時代に、幸楽苑が愛される企業としてどんなことをやらなくてはいけないかなと。
たとえば介護施設に出向いて、入居者の皆さんにラーメンを食べてもらう。それも単なるラーメンではなくて、高齢の方が食べても健康的であり、かつ食べやすいようなものをつくるといったことですね。こういったことを考えています。