「芥川賞」180作品を一気読み 満身創痍になってわかったこと
芥川賞といえば、毎年春と秋に、純文学作品を対象に日本文学振興会が発表する賞。文学界では最高の名誉とされ、これまでに石原慎太郎『太陽の季節』や村上龍『限りなく透明に近いブルー』、綿矢りさ『蹴りたい背中』をはじめ、近年では又吉直樹『火花』、村田沙耶香『コンビニ人間』などが受賞してきました。
1935年から始まり、これまでの歴代受賞作は計180あります。ライターの菊池良さんはこれらをすべて読み切り、その概要や歴史的背景をまとめた『芥川賞ぜんぶ読む』(宝島社)をこのたび刊行しました。執筆の苦労とともに、「ひとり」にちなんだ作品についても、話を聞きました。
締め切り直前は4時間睡眠で1日5作品を読破
――『芥川賞ぜんぶ読む』では歴代作品がすべて網羅されていて、とても面白かったです。かなりの力作ですが、どういう経緯で出版することになったんでしょうか?
菊池:ベストセラーになった『うんこドリル』の著者・古屋雄作さんと一緒に飲んだ時、古屋さんは「すべてがうんこに関連した例文を書くという荒業をしている」と言っていたのですが、“荒業”という言葉にピンと来たんです。
僕も何か荒業をしたいと考えていたら、ふと「芥川賞の本を全部読んでみたらどうか」と思いつきました。まずネットメディア「Zing!(ジング)」で連載することになったのですが、第1回を公開した直後、旧知の編集者から連絡があって「これは書籍化、いけるよ!」と言われて締め切りが設定されてしまい、絶対にやらなきゃいけない状態になってしまったんです。
それまでは会社員をしながらライターをしていたのですが、そのままだと週に1~2作品しか読めないので、思い切って会社を辞めて、芥川賞受賞作の読破に専念することにしたんです。
――すべての本を読み終えて、いかがでしたか?
菊池:達成感はものすごくありました。フルマラソンを走りきった感じというか。締め切り1カ月前ぐらいは睡眠4時間とかだったので、肉体的にもキツかったです。めまいがすごくて、常に“ぐるぐるバット”をしたみたいな感じなりました。病院に行っても原因がわからず薬を飲んでいましたが、過労だったんでしょう。満身創痍でした。
――途中で挫折しそうにはなりませんでしたか?
菊池:一種の自暴自棄にはなっていたと思います。締め切り1カ月前の時点でもまだ半分ぐらいしか読めていなくて。それまでは2日に1冊ぐらい読んでいたのが、多い日は日に4~5作品を読んでいました。
その時期は、心を無にしていたというか、「あとどのぐらいで完了する」とか「残り何日だから1日何作品読む」ってことは考えないようにしていました。考えると心が折れると思ったので。
――かなり孤独な時間ですよね?
菊池:すごく孤独でしたね。締め切り直前の1カ月は、人と会話する時間もまったくなかったです。朝起きたらファミレスに行って、朝・昼・晩と3食同じ場所で食べながら、ずっと本を読み続けていました。今振り返ると、自分のなかで情熱が燃えて輝いていた時間だったように思います。
「ひとり」を感じさせる芥川賞作品は?
――DANROには「ひとりを楽しむ」というテーマがあるのですが、「ひとり」に関する作品でオススメはありますか?
菊池:1968年の受賞作『三匹の蟹』(大庭みな子)なんかいいかもしれません。アメリカ滞在中の主婦がホームパーティを開くのですが、自分自身は実はパーティが嫌いで、中座して抜け出してひとりで遊園地に行ってしまうんです。
僕もパーティは苦手なほうで、10分で帰ったこともあります。主人公である主婦はパーティで交わされる、教養を見せびらかすようなスノッブな会話に嫌気が差すのですが、その気持ちは私もよく分かりますね。
――ほかにもありますか?
菊池:『1R1分34秒』(町屋良平)も孤独……というより孤高を感じさせる作品です。21歳のプロボクサーが主人公なんですが、トレーニングって自分自身との戦いなんですよね。
主人公には映画監督志望の友人がいるんですが、そいつが賞を取ったと言い出して、嫉妬してしまう。でも、テーマがスポーツなのですごくカラっとしていて、主人公も素直な性格なので、読んでいて爽やかな気持ちになれます。実は僕もボクシングジムに通っているんですが、サンドバッグを無心に叩いている時間って、何も考えないし、すごくひとりの時間ですよね。
あと、前田敦子主演で映画化もされた『苦役列車』(西村賢太)。主人公は中卒で日雇い仕事をして生活しているんですが、専門学校に通っている同い年の友人ができて仲良くなります。でも、コンパに行ったり彼女と遊んだりしている友人とは結局は相容れず、溝を感じて離れてしまうんです。ちょっと仲良くなったけど、結局疎遠になってしまったことって、わりと誰にでもありますよね。そういう経験が思い当たる人は、感情移入しやすいと思います。
――今後やってみたいことはありますか?
菊池:芥川賞を読みきって分かったのは、文学というのはものすごい“地層”になっているということでした。現代の作品もそうだし、たとえば私たちが普段ブログやツイッターで使っている言葉遣いにしても、すべて過去の蓄積の上に成り立っているんです。そのことを実感できたのは大きな収穫だったと思います。今後も、やはり文学を題材にしたものを書きたいと思っています。
文学って、人間の内面を描いているものなので、主人公を通じて自分自身の内面にも触れられる。だから自分のことがわかるんです。自分はこういう人間に感情移入するんだな、という感じで。
「スマホを持たずに出かけると自分自身と対話ができる」
――ところで、菊池さんは10代後半から20代の初めまで、ひきこもり生活を送ったそうですね?
菊池:はい。単に自堕落だったんでしょうね。いじめとか人間関係の問題とかがあったわけではなくて、恐らく近所に住んでいた同級生4人が不登校だったから、それに釣られるようにして不登校になったんです。みんなで学校行かずにゲームとかしていました。遊びに行った家の親も、まったく怒らなかったです。
自分の親も、心配はしていたとは思うのですが、学校に行けとかバイトしろとかは、まったく言われませんでした。22歳になって、さすがにマズいと思って大検を取り、大学生になりました。
――ひきこもりから、こうして社会で活躍できるようになったのは、どうしてだったんでしょうね?
菊池:発信することが趣味だったのが大きいかもしれません。自分が読みたいものをひたすら読んだり、書きたいことを書いたりしていたので、自分が好きなものが何か分かった時期でもありました。ブログを書いて反応があるのも楽しかったです。ライターだったら俺にもできるかもっていうのを見つけられたことが大きかったでしょうね。
就職活動の際には「世界一即戦力な男・菊池良から新卒採用担当のキミへ」というタイトルの逆求人サイトを作ったのですが、意外なほど注目されて『世界一即戦力な男』(フォレスト出版)というタイトルで書籍化やドラマ化されました。
――かつてのひきこもりの時期や、最近の芥川賞受賞作すべてを読破した時期には、「ひとり」の時間も多かったと思いますが、どんな意味があったと思いますか?
菊池:ひとりになるというのは、人生においてすごく重要なことだと思います。今の時代って、意識的にひとりになろうとしないと、なかなかなれないですよね。スマホを持っていたら、すぐ他人と繋がってしまいますし。
だからこそ、スマホを持たずに出かけたりカフェに行ったりすると、自分自身との対話ができて新しい発見があると思います。
そういう時間がないと、自分の好きなものが何かって、分からないんですよね。周りに人がいすぎると、自分の内面を見つめる時間がなくなってしまう。だから、本を何冊か持って旅行にでもでかけたら、最高ですね。