ライブで死にかけた!~元たま・石川浩司の「初めての体験」

死を感じた瞬間、過去の記憶が走馬灯のように浮かんだ(イラスト・古本有美)
死を感じた瞬間、過去の記憶が走馬灯のように浮かんだ(イラスト・古本有美)

「たま」というバンドで一時期、「どこでもツアー」というのをやっていたことがある。これはドラえもんの「どこでもドア」のような企画で、ホールやライブハウスなど一般的に音楽ライブをするところ以外の場所でライブツアーをやってしまおうというものだ。例えば神社、能楽堂、幼稚園、ディスコ、福祉施設、芝居小屋、四万十川源流点、演芸場、お寺、洞窟の奥など様々な場所で行った。

徳島では牧場の干し草倉庫でやった。倉庫といっても体育館みたいな感じで、屋内はけっこう広くて天井も高い。そこにステージを組み、数百人のお客さんを集めた。ステージの裏を楽屋にしていたのだが、ドアには「馬が入ってきますので開放は厳禁」と書かれ、ほのぼのとした雰囲気の会場だった。

セットリストの中には僕らのヒット曲「さよなら人類」も入っていた。以前このコラムでも書いたが、「さよなら人類」の間奏部分は即興演奏であった。みんなその日の気分で好きなように音を出し、一段落すると次の展開に行く合図を出し、三番に入るというものだった。僕は、倉庫内に造られていく会場を見た時に、ひとつのアイデアを思いつき「ニヤリ」とした。

ステージは鉄骨で組まれていて、その後ろには照明などを吊るすために、鉄製のイントレ(組み立て式の足場)があった。

「間奏で鉄骨を叩きながら、あのイントレにどんどん上っていったら面白いのではないか」

そこで実際に上れるかどうか、リハーサルの時に他のメンバーにネタバレしないようにこっそりと上ってみた。「大丈夫だ」。足場もあるし、ここをヒョロヒョロと上っていったらウケるぞお。

「走馬灯がパカランパカランと走り抜けていく」

そして本番が始まった。何曲か演奏して、ついに「さよなら人類」。僕は間奏に入るとすぐにクルッと後ろを向き、イントレに上っていった。カンカンとリズムに合わせて鉄パイプを叩きながら。「お客さんは面白がってくれてるかな」

と、その瞬間。突然足元に何も無くなった。

リハーサルの時は作業のために照明が全体に当たっていたが、本番になったらステージにしか照明が当たらないので、足元が全く見えなかったのだ。当然あると思っていた足場がそこにはなく、僕は真っ逆さまにステージ下の「奈落」にまで頭から数メートル落ちた。ものすごい轟音とともに。

あとで資料用の映像を見てみると、僕は落ちてから数秒で舞台に上がっていたが、僕の意識の中ではもっともっと長かった。牧場だけに走馬灯がパカランパカランと走り抜けていくのに充分な時間を感じた。

客席が一瞬騒然となっているのに気がついたので、とりあえず「元気ですよ~」とアピールするため、舞台によじ登るといつもより激しくパーカッションを”踊り叩き”した。履いていたサンダルは片っぽが脱げ落ちて裸足のまま。もしもどこからか血が吹き出てたら、さすがにお客さんは引くと思って全身を確認した。「大丈夫。血は出ていない」

僕は即興で「落ちた~」とおどけながら演奏を続けたが、他のメンバーも一切演奏を止めることはなかった・・・。メンバーの命がかかっているのに、すごいプロ根性である。

ライブが終わり、ステージを撤去する時に僕は見てしまった。僕の落ちたあたりの鉄骨がグニャリと折れ曲がっているのを。首のあたりを打ったと思うのだが、首が鉄骨に勝ったから良かったものの、もし鉄骨が勝っていたら逆に僕の首の骨がグニャリ・・・。二度と舞台に白いランニングシャツを見せることはなかっただろう。

骨折はなかったが、全身打撲でその夜は体中が腫れ上がった。しかし、ツアー中なので主催者との打ち上げは必須。僕は痛い体を引きずって参加した。どんどん腫れていくのが分かったので、全身を冷やそうと思って「す、すみません・・・氷を・・・」と打ち上げ会場の人に頼んだ。

「へいっ、氷、お待ち!」

グラスに入った氷が威勢良く運ばれてきた。

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石川浩司 (いしかわ・こうじ)

1961年東京生まれ。和光大学文学部中退。84年バンド「たま」を結成。パーカッションとボーカルを担当。90年『さよなら人類』でメジャーデビュー。同曲はヒットチャート初登場1位となり、レコード大賞新人賞を受賞し、紅白にも出場した。「たま」は2003年に解散。現在はソロで「出前ライブ」などを行う傍ら、バンド「パスカルズ」などで音楽活動を続ける。旅行記やエッセイなどの著作も多数あり、2019年には『懐かしの空き缶大図鑑』(かもめの本棚)を出版。旧DANROでは、自身の「初めての体験」を書きつづった。

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