ラジオの生放送に遅刻した!~元たま・石川浩司の「初めての体験」

渋滞は予想以上につながっていた(イラスト・古本有美)
渋滞は予想以上につながっていた(イラスト・古本有美)

まさか、あんなことが起こるとは。

朝、6時半。迎えの黒塗りのハイヤー(タクシーじゃないからね。ハイヤーだかんね)が僕の家に横付けされる。うやうやしく運転手さんがドアを開けて待っている。

「ふむ。よろしい」

僕はシルクハットと燕尾(えんび)服に身を包み、葉巻をふかしながらそれに乗り込んだ。

というのはもちろん嘘だが、ハイヤーは本当。その日は朝8時頃より文化放送にて、ラジオのゲスト出演があったのだ。朝が早いため、放送局が差し向けてくれたハイヤーに乗っていくのだ。

迎えのハイヤーがきた時、「1時間半しかないけど、大丈夫かな」と思ったのだが、僕は免許を持っておらず車に乗らないので、早朝の時間帯の混み具合がわからなかった。ここは埼玉県だが、確かに深夜だと1時間もかからないので、まぁ運転手さんに任せておけばいいのだろう。

霜の降りた畑を横目に、まだ明け切らぬ景色の中、車は順調に進んでいく。高速道路に入り、都心へと向かっていく。7時をまわり、一緒に乗っているマネージャーが言う。

「まぁ、7時半くらいから軽く打ち合わせして、8時過ぎの出演です」

持ってきた朝刊のラジオ欄を見ると「小西克哉のなんだ?なんだ? ゲスト たま石川浩司」とはっきり書かれている。その時運転手さんがつぶやいた。

「あれっ? 7時半なんですか? ・・・10分ぐらい遅れるかもしれません」

どうやら運転手さんは、番組のことはハッキリ知らないような口ぶりだった。ちょっと「?」と思ったが、誰が指示を出しているのかも知らなかったので、黙っていた。

「あぁ、いいですよ。打ち合わせと言ったって、告知関係の確認だけだから。5分もあればできますから」とマネージャー。

予想外の大渋滞

高速の出口で軽い渋滞が始まっていた。運転手さんに言って、ラジオをつけてもらう。番組自体は、もう7時から始まっているのだ。軽快なBGMにのって、キャスターの小西さんの声が流れている。「もうしばらくしたら、ここに僕がいるのかー」。とその時・・・。

「あれっ」

運転手さんのつぶやくような声が聞こえた。パッと見ると、都心への渋滞が予想以上につながっているのが見える。本当は、7時半くらいに別のコーナーが挟まるので、その間に打ち合わせをしようと思っていたのだ。

「まぁ、念のために電話で先に打ち合わせだけ済ませておくわ」

関西弁のマネージャーが、携帯電話でやりとりする。

「はいっ、いま少し遅れてまして。えー、この間そちらからきた番組進行表の『たまの紹介』の中で、少し変えてほしいところがありまして。えーと、『15年前、たまが結成された。ランニング姿の石川、おかっぱ頭の知久、風紀委員の滝本』とありますが・・・」

「えー、確かに滝本は高校時代、風紀委員をやっていたことがあるらしいのですが、そんなことは他のメンバーも今回初めて聞いた、ということで・・・えっと、サラリーマンをしていた滝本、という風に紹介してもらえれば・・・」

などと言っているうちに、高速の料金所で、車はほとんど動かなくなってしまった。時間は7時半。僕は車に乗らないし、マネージャーも関西人なので、都内の道路事情にうとい。なので、いまどこにいて、文化放送のある四谷までどのくらいの距離があるものなのか、ほとんどわからなかった。ただ、生真面目そうな運転手さんが「あぁ」とか呻(うめ)きだしているのが、ちょっと気になった。

「ここはどのあたりなんですか?」

高速は防音壁があるので、外の景色がほとんど見えない。

「・・・板橋です」

「えっ!?」

板橋といえば、道路事情は知らなくても、確か池袋より北西のはず。四谷まで、5分やそこらで着く距離じゃないことは僕でもわかる。

始まる番組と焦る僕ら

「8時過ぎより、今日のゲストは、たまの石川浩司さんです」

ラジオから、明るい声が聞こえてる。

「やばい。間に合わへんかもなぁ。ここからどのくらいで着きますか?」

マネージャーも焦ってきた。

「いやー、渋滞なんでなんとも・・・」

しかし、相当にやばい状況ということだけは、すぐにわかった。運転に焦りの色が出ていたからだ。黄色でも止まる紳士的だった運転は消え、赤になりたての信号なら、強行突破する勢いになっていた。

「あっ、安全運転だけはお願いしますね」

「はいっ!」

そしてついに出演予定の8時。

「次のコーナーはたまの石川さんの登場です」

「登場」って言ったって、ここにいるがな。まだここは・・・池袋駅前だ!

「番組、何時までやったっけ?」。青ざめてきたマネージャーが聞く。

「えーっと、8時半まで」

「やばい、やばいでえ」

CMが終わり、ついに僕が出演するコーナー・・・のはずが出られるわけもない。急遽、交通情報や気象情報を差し替えで入れてくれているらしい。

「ただ今、都心では朝の渋滞が始まっており・・・」

「まさにここが、そのまっただ中なんじゃあぁぁぁぁ!」

マネージャーの携帯が鳴る。番組のスタッフからだ。

「今、どこですか!」

「運転手さん、ここ、どこですか!?」

「えっ、えーと、旧フジテレビのあたりで・・・」

「とにかく急いで来てください!」と番組のスタッフ。そうは言っても、降りて「うぉぉぉぉぉぉっ!」と叫びながら走る距離ではない。どうしようもない。

しかし都内は信号が多い。大きな交差点でひっかかると、2分やそこら待たされる。キャスターの小西さんのしゃべりは、先ほどまでの軽快な感じから、明らかに時間を延ばすことを意識したスローな口調になっていた。そしてついに、ラジオから、たまの「あっけにとられた時のうた」が流れ始めた。

「うっ、うわーっ」

演奏がフルで流され、終わった。

「ただいま、ゲストの石川さんが遅れています。・・・それではもう1曲聞いていただきましょう。たまで、『ゆめみているよ』」

また番組スタッフから電話が。「いま、どこですか!!」

「運転手さん、ここはどこっ!?」

「えー、えーっと女子医大の前です!」

「急いで、急いで、番組が終わります!」

その時、運転手さんの携帯電話がなった。どうやらハイヤー会社かららしい。

「えっ? 次はどこだって? まだ最初のお客さんが着いてないんだよっ! 渋滞なんだよ!」

ガチャン。甲高い声で激しく受話器を車用の電話フックにかけようとするが、もう手が震えてまともに置けなくなっている。

「あぁー。もう駄目やー」

スタジオに飛び込む僕ら

マネージャーも顔面蒼白になっている。いまは8時20分。番組終了まで残すところ10分だ。

「もうちょっとです。次の小道を入ったら着きますから!!!!!!!」

「あぁ、でももう駄目やー」

そしてついに到着。時間は・・・8時27分。

車を降りると、スタッフらしい女の人が待っていた。

「こっちです!」

階段を3段跳びで駆け上がる。全力疾走だ。

「すっ、すいませーん!」

スタジオに飛び込む。こちらは言われた時間に指定されたハイヤーに乗ったので、自分に落ち度があるわけではないのだが、とにかく頭を下げてコートも脱がずにマイクの前へ走った。

「あっ、今、到着されました!」

「すいませーん、車が、こ、こ、こ、混んでいて!」

階段を駆け上がったので、息が切れ、まともにしゃべれなくなっている。そして横のスタッフが「あと2分」と書いた紙を小西さんに見せている。

「じゃあ、コンサートへの抱負を」

「えっ・・・あぁ、がんばります!」

実は僕が階段を駆け上がっているとき、コンサートの告知をしてくれていたらしいのだ。でも、いきなり抱負を聞かれて動揺してしまい、しょうもない答えになってしまった。

事前に番組進行表をもらっていて、質問される内容もだいたいわかっていた。「おっ、この質問ではこう答えるかな」とか「ここでちょいと笑いを取るコメントでもするかな」とか姑息に考えていた。しかし、その努力はすべて無駄になり、「あと1分」と書かれた紙にさらに動揺。僕がランニングを着ているワケなどどうでもいい話をしているうちに、「それでは、今日のゲストは石川浩司さんでした。また明日~」ってなことになった。

「・・・終わったな」

自分のせいではなかったとはいえ、番組に遅れ、パッとしないコメントを残した僕。とりあえずため息をつく。

「ふぅぅぅぅっ」

捨てる神あれば拾う神あり

その時である。思いがけないことが起きた。小西さんの次の番組が、えのきどいちろうさんの番組だったのだが、えのきどさんが声を掛けてくれた。

「じゃあ、そのまま僕の番組に出ますか」

以前ラジオのゲストに呼んでもらったこともあり、状況をニヤニヤと見ていたえのきどさんが、気をきかせてくれたのだ。「捨てる神あれば拾う神あり」とはよく言ったもんだ。しかし、そうたやすいことではない。番組ごとにディレクターも違うし、細かい秒きざみの番組台本がある。

「ニュースのコラム的なコーナーがあるんですけど、そこ飛ばしますから、石川さんのコーナーにしましょう」

「えっ!? いいんですか。・・・すっ、すみません!」

えのきどさんは、僕の『すごろく旅行のすすめ』という本を読んで、「この本のファンだ」と言ってくれていた。なおかつ、前回、番組に出演した後に、「鹿児島物産展で見つけた」と言って、わざわざ缶ジュースコレクターの僕に芋ジュースを送ってくれていたのだ。

「今日のテーマは『禁止』です。石川さん、なにか禁止されていること、ありますか?」

「えっ、あっ・・・家では、おならが禁止です。というか、妻のいる部屋じゃないところに行ってすればいいんですけど。ただ、腹の調子が悪い時は連続で出ますよね。なので、上半身は妻と一緒の部屋にいて、下半身だけ隣の部屋に尻を突きだして・・・」

まぁ、しょうもないコメントはどの番組に出ても結局変わらなかった。とにかく、えのきどさん、小西さん、その節はありがとうございやしたっ!

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石川浩司 (いしかわ・こうじ)

1961年東京生まれ。和光大学文学部中退。84年バンド「たま」を結成。パーカッションとボーカルを担当。90年『さよなら人類』でメジャーデビュー。同曲はヒットチャート初登場1位となり、レコード大賞新人賞を受賞し、紅白にも出場した。「たま」は2003年に解散。現在はソロで「出前ライブ」などを行う傍ら、バンド「パスカルズ」などで音楽活動を続ける。旅行記やエッセイなどの著作も多数あり、2019年には『懐かしの空き缶大図鑑』(かもめの本棚)を出版。旧DANROでは、自身の「初めての体験」を書きつづった。

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