「暗い人にこそ歌ってほしい」弾き語りアーティストが集う老舗ライブハウス
東京・碑文谷(ひもんや)に店を構える老舗ライブハウス「APIA40(アピアフォーティー/以下アピア)」。ギターやピアノだけを使ってひとりで歌う、いわゆる“弾き語り”のアーティストたちが集い、演奏しているお店です。遠藤ミチロウさん、友川カズキさん、三上寛さんといったレジェンドシンガーたちにこよなく愛され、近年では紅白出場歌手・竹原ピストルさんなどを輩出しています。
1960年代の終わりごろ、東京・渋谷に前身となる劇場が誕生しました。開店当初はまだ「ライブハウス」という言葉もなく、「芝居小屋」「小劇場」などと呼ばれていたそうです。それから約40年の時を経て、2009年に現在の場所へ移転してきました。
店長を務める伊東玲育(れいく)さんは、アピアの創始者(現マスター)である伊東哲男さんの息子です。1978年生まれの玲育さんにとって、アピアは生まれる前から当たり前に存在する“表現者たちの居場所”でした。
ブッキング手配からオーディション対応、音響や照明まで、お店の業務を「ほとんど全部やっている」という玲育さんは、弾き語りという表現方法の魅力や意義、そこで担うべきアピアの役割について、何を思うのでしょうか。温和な人柄がにじみ出る優しい口調で、時に熱く、時に噛みしめるように、率直な思いを包み隠さず語ってくれました。
音楽とは縁遠い人生だった
ーー一般的な、サラリーマンのお父さんがいる家庭ではなかったわけですよね。
伊東:そうですね(笑)。
ーーそういった家庭環境の影響は感じますか。
伊東:兄は音楽に興味を持って楽器をやったりしていたんですが、僕はまったく興味もなく。自分から熱心に音楽を聴くようなこともなかったです。
ーー意外に音楽とは縁遠い人生だったんですね。
伊東:そうですね、全然、まったく。以前、神奈川の元住吉にアピア経営のバーがあったんですが、大学生の頃にそこで働いていたんです。その流れで、バーを閉めてこっちに来たっていう感じですね。
ーーいきなりライブハウスを任されることになって、いろいろ大変だったんじゃないですか。
伊東:うーん……。
ーーそうでもないですか(笑)。
伊東:意外とすんなり入れました。家にある(両親の)CDなどをなんとなく聴いたりしていたので。友川カズキさんとか遠藤ミチロウさん、南正人さんといった、今でもアピアで歌っている人たちの音楽が僕にとって入口になってくれたんです。それが大きかったと思います。
“言葉”をしっかり届けることを重視
ーーお店としてこだわっている部分というのは。
伊東:音響の部分では、日本語をしっかり届けることにこだわっています。サウンドの響きそのものを追求するのではなく、言葉が聞き取れる音作りを重視していますね。音響機材を選んだり、楽器をメンテナンスしたりするときも“言葉”を軸に考えています。
ーーそれはなぜですか。
伊東:ひとりにスポットをしっかり当てるためです。そこは意識して作っていますね。バンドも出ますが、やはりアピアはひとりで出演される方が大半なので。
ーー言葉にフォーカスすることが、弾き語りアーティストの表現を伝える手段として最善だと。
伊東:その結果、アピアって昔から“暗い”イメージがすごく強いんです(笑)。でも、人がそれぞれ持っているものって、そんなに明るいものじゃないだろうと思っていて。そういう“暗さ”を表現できる場があってもいいんじゃないかと思ってやっています。
ーー生き様のような部分をしっかり見せたいということでしょうか。
伊東:はい。バンドと違って、ひとりでやるとそういう核の部分が見えやすいんです。表現方法としては、自分をさらけ出す人、虚構の世界を作る人、やり方はいろいろですけど。
ーーいずれにせよ、ひとりでやることによって“雑音”を極力なくすことができる。
伊東:そうです。
オーディションに中高年が大勢やってくる
ーー若い頃に音楽をやっていても、就職とともに辞めてしまう方も多いですよね。それが40代や50代になって、仕事や子育ても落ち着いてきたタイミングで、もう一度やってみようと考える人もたくさんいると思います。ただ、バンドとなるとハードルが高い。人が集まらないとか、スケジュールが合わないとか。その点、弾き語りならひとりでできる。“再チャレンジ勢”には適した形態なんじゃないかと思っているんです。
伊東:実際、多いですよ。月に2回くらいオーディションを開くんですけど、来る人の3〜4人に1人は50〜60代。今のお話のように、昔バンドをやっていた方がもう一度トライしたいと言って、ギター1本抱えてやって来ます。
ーーオーディションでは、どういうポイントを見ますか。
伊東:年相応であることを要求しますね。若く見せようとしたり、逆に上の世代を真似してみたり、そういうことを考えてほしくない。しっかりと今の自分を年相応に表現してくれれば合格です。
ーー技術ではなく。
伊東:技術ではなく。人にはそれまで生きてきた積み重ねがあるので、50代、60代の人にとってはそれが強みでもある。経験を踏まえて曲や歌詞を書いて、今の自分として歌う。そこに人はグッと来るんです。「若いやつには負けねえぞ」とか言って、若ぶった音楽をやろうとする人は長続きしません。
場があり続けることが大事
ーー実際に活動を始めても、お客さんが入らないということもあるかと思います。
伊東:そうですね。平日のブッキングライブだと、お客さんが少ない日は多いです。
ーー動員を増やすことに関しては、熱心な人もいるでしょうけど、あまり熱心でない人もいるのではないでしょうか。
伊東:いますね、います。「今の自分にお客さんを呼ぶ価値は見出せない」と思っていて、あまり動員に積極的ではないミュージシャンもいますね。お店としては、「もっとこうしたほうがいい」みたいなことを言い続けて、ステージ内容が改善されていったらワンマンライブをやるとか、目標を設けることができたらいいかなと思っています。
ーー出演を重ねながらクオリティを上げていって、集客の話はその後だ、と。
伊東:クオリティありきだと思いますね。メジャーで売れているようなミュージシャンではないので、お客さんは基本的に友人関係や身内だったりすると思うんです。それでもやっぱり、ある程度のクオリティがなければその人たちすら来なくなってしまう。
ーーただ、そうした集客力のないアーティストばかりを出演させていると、お店は儲からないじゃないですか。
伊東:はははは(笑)。そうですね、ギリギリだと思います。
ーーお店が存続できるギリギリの収入があればいい?
伊東:場があり続けることが大事なので。たくさんお客さんが入ったら、できれば全部ミュージシャンに還元したい。チケットノルマを取っていることと矛盾するかもしれませんが、最低限この場所を維持していくこと自体が、ある意味では還元だと思っていただきたいです。
求む、“暗い”人
ーー今後、どんな人にオーディションへ来てもらいたいですか。
伊東:暗い人にぜひチャレンジしてもらいたいです。
ーー暗い人(笑)。
伊東:暗いっていうか、自分に自信がない人。自信満々な人よりはそういう人がいいですね。
ーークラスの人気者よりは、教室の隅っこであんまり目立たない子。
伊東:そうです、そうです(笑)。そういう人がギターを持ったら、ぜひ来てほしいですね! そういうタイプのほうが本音が聞けると思う。やっぱり本音が聞きたいんで。
ーー屈折した思いを持っている人の言葉は強いですしね。
伊東:あと、地方から来る人も。地方の中高年ミュージシャンは、表現する場もなく、悶々としている人が多いです。
ーーなるほど、東京と違って、こういったライブハウスは少ないでしょうし。
伊東:自慢みたいになっちゃいますけど、地方では「東京で弾き語りと言えばアピアだ」っていうイメージが強いみたいで。おそらく、遠藤ミチロウさんたちがツアーで全国を回ったときにアピアの話をしてくれているからなんだと思いますけど。
ーーライブハウス同士の横のつながりって、どの程度あるものなんでしょうか。例えば、「うちの店に出てる子なんだけど、アピアさんに合うと思うから紹介するよ」みたいな。
伊東:都内ではほとんどないです。むしろ地方とそれがやりたいですね。アピアで活動している人と地方で弾き語りをしている人を行き来させて、お互いの声を届けるみたいな場は作っていきたいです。
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ギターを片手にステージでひとり戦う、弾き語りアーティスト。玲育さんのまなざしには、そんな人たちへ対する愛情と、彼らが活躍できる場を盛り上げようという熱意にあふれていました。
人が何かを真剣に訴えようとするとき、その表情は“暗い”ものです。それを「暗いなー」と遠ざけるのではなく、そこに現出する本質に向き合うことで、初めて得られるものがあります。アピアという“場”は、そうした空気が充満する空間でした。